人間には未来が見えない。
1 物理学
(1)量子力学
科学に興味がある人は、シュレーディンガーの猫の話を知っていると思う。量子力学の不思議を説明する思考実験である。
箱を開けるまで、猫が死んでいる状態と生きている状態の重ね合わせになるという量子論的な思考を、どのように解釈するべきかという話である。
アインシュタインは「神はサイコロを振らない」と言って、この理論の曖昧さを批判したらしい。
(2)ニュートン力学~相対性理論
中学や高校で勉強するニュートン力学に基礎を置く物理学等、近代科学では物体の運動などを数学で計算して正確に予測できるとされる。ニュートン力学は絶対的な時間と空間を前提としたけれど、アインシュタインの相対性理論は時空が相対的なものであると主張して、それまでの物理学の常識を覆した。
太陽のように質量がものすごく大きかったり、あるいは、光のように速度がものすごく速いものが関係する場合は、相対性理論によらなければ正確に計算できない。
地球上にある普通の物体は重さや速度がそこまで大きくないので、それまでのニュートン力学でも支障がなかったということである。
2 未来の予測
(1)時間と未来
上述のシュレーディンガーの猫の話は、最初は単に量子論を批判するためのパラドックスだった。しかし今では、一見すると量子論の不完全性のように見えるこの特徴をどのように説明するべきか、いろいろな解釈が主張されている。
最近、『時間は存在しない』という本を読んで、久し振りに物理学のことを自分なりにいろいろ調べて考えてみた。
アインシュタインは「神はサイコロを振らない」と言ったらしいけれど、個人的には、「神がいるかどうかは知らないけれど、人間は未来のことなど分からない」と素直に考えればいいような気がしてきた。
(2)科学と予測
ニュートン以来の古典力学で、数学で計算できる程度にシンプルな物体の運動などを予測できるようになった。そして、アインシュタインの相対性理論で、宇宙規模の物理現象を計算し予測、予言できるようになった。
しかし、現実の世界には数学で計算するだけではとても予測できない現象がたくさんある。
これだけ科学技術が発達しても、地震などの天災はおろか、天気予報さえ100%完璧に予測できない。
自然科学であってもそうなのだけれど、株価の予測など人間の経済活動等、社会科学ではなおさらである。
予測できないほど複雑であるというのが理由なのだろうけれど、実はそれが普通なのかもしれない。
ニュートン以来の近代科学のおかげで、予測できるのが普通だと錯覚してしまっただけで、世界はそもそもそういうものなのかもしれない。
3 人間原理
(1)人間の意識
人間が作る社会や経済の複雑さはもちろんのこと、人間の身体や精神さえ、まだ完全に解明されていない。卑近な例を挙げれば、例えば今日の晩ご飯に何を食べようか脳を使って考えているとする。
もし物理学等の科学が宇宙の謎を完全に解明した暁には、その人が晩ご飯に何を食べるのかさえ予測できるようになるのだろうか。
何をバカな例え話をしているのだと思われるかもしれないけれど、哲学者が昔から思考してきた決定論や自由意志の考え方に通じる思考だと思う。
(2)人間の視点
人間の「意識(consciousness)」についてもいろいろな考え方がある。人間には意識というものがあるという前提で、心理学や精神医学、あるいは哲学を研究している人もいれば、そもそも従来の意識という考え方に疑義を示す研究者もいる。
人間の脳が独裁者のように、トップダウンで各器官や組織に指令を下している訳ではなく、様々な器官や組織が、相互に連携、作用して複雑なネットワークを形成していると考えれば、古典的な意識という概念は幻想に過ぎないのかもしれない。
4 現在と確率
(1)意識と時空
ニュートン力学的な絶対空間、絶対時間であろうと、アインシュタインの相対的な時空であろうと、それは人間が己の視点から見える宇宙を主観的に記述する試みに過ぎないのかもしれない。従来の物理法則や理論が崩壊する訳ではないけれど、時間や空間があくまでも主観的なもの、決して客観的なものではないという考えは、物理学や哲学が交差する自然科学の根底に位置する部分だろう。
(2)人間とサイコロ
古代から現代にいたるまで、偉大な哲学者や科学者によって、様々な時空の捉え方が提唱されてきた。その上、人間の意識までもが一種の幻想のようなものであるとすれば、人間には未来のことが分からないと言うのは一種のトートロジーなのかもしれない。
人間とは、人生とはそもそもそういうものだったのだろう、古代から現代に至るまで。
確率や統計は、そんな人間が手にする唯一の、そして強力な武器なのかもしれない。
そして今後も、人間が限りなく神に近づくSFのような未来が訪れない限り、「神はサイコロを振らないけれど、人間はサイコロを振るしかない」のだろう。
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