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令和7年度第2回高認国語問4【漢文】

1 原文(書き下し文)  蓋ぞ嘗みに富人の稼を観ざる。 その田美にして多く、その食足りて餘有り。 その田美にして多ければ、則ち以て更休めて地力完きを得るべく、その食足りて餘有れば、則ちこれを種うること常に時に後れずして、これを斂むること常にその熟するに及ぶ。 故に富人の稼は常に美に、秕少なくして實多く、久しく蔵して腐ちず。  今吾十口の家にして、百畝の田を共にし、寸寸にしてこれを取り、日夜に以てこれを望む。 鋤耰・銍艾、上に相尋ぐ者、魚鱗の如くにして、地力竭く。 これを種うること常に時に及ばずして、これを斂むること常にその熟するを待たず。 これ豈に能く復美稼有らんや。 (『古文真宝』より) 2 現代語訳  どうして富人の農作業(農作物)を観察しようとしないのか。 美田で実り豊かであり、食足りて余りがある。 美田で実り豊かであれば、交互に休耕して地力を完全にすることができ、食足りて余りが有れば、種まきも常に遅れることなく、収穫も常に熟してから行う。 故に富人の農作物は常に豊かで、実のないものが少なくて実が多く、長く貯蔵しても腐らない。  今、私の十人家族の家は、百畝の田を共有し、細分して取り、日夜に作物を望む。 鋤で掘り起こして種の上に土をかけ、雑草を鎌で刈り取ることを、競う様に行い、次々に重なり合って続くので、地力は尽きてしまう。 種まきは常に遅れ、収穫も常に熟するのを待たない。 どうしてまたよい作物など収穫することができようか。 ・ 高等学校卒業程度認定試験(高認)国語過去問古文・漢文現代語訳に戻る。

令和7年度第1回高認国語問4【古文】

1 原文  江尻の浦を過ぐれば、青苔石に生ひ、黒布磯による。 南は沖の海森々と波をわかで、孤帆天にとび、北は茂松鬱々と枝を垂れて、一道つらをなす。 漁夫が網を引く、身を助けんとして身を労れしめ、游魚の釣をのむ、命を惜しみて命を滅ぼす。 人、幾ばくの利をか得たる、魚、幾ばくの餌をか求むるや。 世を渡る思、命をたばふ志、彼も此も共に同じ。 是のみかは、山にあせかく樵夫は、北風を負ひて晩に帰る、野にあしなへぐ商客は、白露を払ひて暁に出づ。 面々の業はまちまちなりと云へども、各々の苦は、これ皆渡世の一事なり。  人ごとに趍る心はかはれども世をすぐる道はひとつなりけり  この浦を遥かに見わたして行けば、海松は浪の上に根を離れたる草、海月は潮の上に水に移る影、ともにこれ浮生を論じて人をいましめたり。  波の上にただよふ海の月も又うかれ行くとぞ我をみるらん  清見が関を見れば、西南は、天と海と高低一つに眼を迷はし、北東は、山と磯と嶮難同じく足をつまづく。 磐の下には浪の花、風に開き春の定めなり、岸のうへには松の色、翠を含みて秋をおそれず。 浮天の浪は雲を汀にて、月のみ舟、夜出でて漕ぎ、沈陸の磯は磐を路にて、風の便脚、朝に過ぐ。 名を得たる所、必ずしも興を得ず、耳に耽る処、必ずしも目に耽らず。耳目の感二つながら従したるはこの浦にあり。 波に洗ひてぬれぬれ行けば、濁る心も今ここに澄めり。宜なるかな、此処を清見と名付けたる。 関屋に跡をとへば、松風空しく答ふ。岸脚に苔を尋ぬれば、橦花変じて石あり。 関屋の辺に布たたみと云ふ処あり。昔、関守の布をとりおきたるが、積りて石に成りたると云へり。  吹きよせよ清見浦風わすれ貝ひろふなごりの名にしおはめや  語らばや今日みるばかり清見潟おぼえし袖にかかる涙は (『海道記』より) 2 現代語訳  江尻の浦(駿河国の宿駅「江尻」の南方の海岸)を過ぎると、青い苔が石に生え、黒い海藻が磯に寄せている。 南は沖の海が森々と波の見分けもつかないが、一そうの舟が空に浮かぶように走り、北は生い茂った松が鬱々と枝を垂らし、一本道のように連なっている。 漁師が網を引くのは、生活のために身体を労し、水中を泳いでいる魚が針を飲み込むのは、命を惜しんで命を落とすものである。 人は、どれほどの利益を得たのでしょうか、魚は、どれほどの餌を求めたのでしょうか。 世を渡る思い、命...

令和8年度愛知県公立高校入試国語問4【古文】

1 原文  安居院の正安寺、常に宗旦と交り厚かしりが、庭に妙蓮寺と云ふ椿咲き出でしを、新発意に持たせ、宗旦へ贈りしが、道にて花落ちけるを、ぜひなく持ち行きて、 「この花途中にて落としつるよ、このこと老僧に告げなば、本意なきことにせむ。無沙汰になしたまへかし。」 と侘びければ、宗旦直に出合い、 「よくこそ申されたれ。暫く待ちたまへ。」 とて、今日庵の掛け物をはづして、利休が作の園城寺と云ふ一重の花入れをかけて、その枝を入れて、落ちたる花を下に置き、新発意を招きいれ、薄茶点じてかへしぬ。 (『閑夜茶話』より) 2 現代語訳  安居院の正安寺の住職は、いつも宗旦と親しく交流していた。庭に妙蓮寺という品種の椿が咲いたので、小僧に持たせて宗旦へ贈ったが、その道で花が落ちてしまった。どうしようもないのでそのまま持って行き、 「この花は道の途中で落ちてしまいました。このこと老僧に告げたら、老僧をがっかりさせてしまいます。何事もなかったようにしてください」 と困って頼み込んだところ、宗旦が直接会い、 「よく申されました。暫くお待ちくだされ」 と言った。宗旦は今日庵の掛け物を外し、利休作の園城寺という名の一重の花入れを掛けた。そして椿の枝を入れ、落ちた花を下に置き、小僧を招き入れて、薄茶を点てて応えた。 ・ 愛知県公立高校入試過去問古文・漢文現代語訳に戻る。

令和6年度第2回高認国語問4【漢文】

1 原文(書き下し文)  晋の公子重耳、出亡して曹に過るも礼無し。 釐負羈の妻、釐負羈に謂ひて曰はく、 「君晋の公子に礼無し。 吾その従者を観るに、皆賢人なり。 若し以て夫子を相けて晋国に反らば、必ず曹を伐たん。 子、何ぞ先づ徳を加へざる」と。 釐負羈、これに壺餕を遺り、而して璧を加へり。 重耳その餕を受け、その璧を反す。 その国に反るに及んで、師を起し曹を伐ちてこれに尅つ。 三軍に令して、釐負羈の里に入ること無からしむ。 (『淮南子』より) 2 現代語訳  晋の公子重耳が出亡して、曹を通過したが礼遇されなかった。 釐負羈の妻は、釐負羈に次のように言った。 「君主様は晋の公子を礼遇しなかった。 私はその従者を見ましたが、皆賢人でした。 もし彼らがあの方を助けて晋国に帰還すれば、必ず曹を討伐するでしょう。 あなた、先に恩恵を与えておくべきです」と。 釐負羈は彼に壺に入れた食物を与え、さらに宝玉を与えた。 重耳はその食物を受け取り、宝玉は返還した。 (やがて晋)国に帰還すると、挙兵して曹に攻め込みこれを討伐した。 (重耳は)全軍に命令を下して、釐負羈の村に入ることを禁止した。 ・ 高等学校卒業程度認定試験(高認)国語過去問古文・漢文現代語訳に戻る。

令和6年度第2回高認国語問3【古文】

1 原文 【資料III】  彼宿の長者熊野が娘、侍従がもとに其夜は宿せられけり。 侍従、三位中将を見奉ッて、 「昔はつてにだに思ひよらざりしに、今日はかかる所にいらせ給ふふしぎさよ」とて、一首のうたを奉る。   旅の空はにふの小屋のいぶせさにふる郷いかにこひしかるらむ 三位中将返事には、   故郷もこひしくもなしたびのそらみやこもつひのすみ家ならねば 中将は、「やさしうも仕ッたるものかな。此歌のぬしはいかなる者やらん」と御尋ねありければ、景時畏ッて申しけるは、 「君は未だしろしめされ候はずや。 あれこそ八島の大臣殿の当国の守でわたらせ給ひ候ひし時、召され参らせて御最愛にて候ひしが、老母を是に留めおき、頻りに暇を申せども給はらざりければ、ころはやよひのはじめなりけるに、   いかにせむみやこの春も惜しけれどなれしあづまの花や散るらむ と仕ッて、暇を給はッてくだりて候ひし、海道一の名人にて候へ」とぞ申しける。 (『平家物語』より) 2 現代語訳 【資料III】  その宿の長者熊野の娘、侍従の所にその夜は宿泊された。 侍従は三位中将を見て、 「かつては人づてにさえ、和歌を送ることなどは思いもよらなかったのに、今日はこのような所にいらっしゃるというのは不思議なことです」と、一首の歌を差し上げた。   旅の空はにふの小屋のいぶせさにふる郷いかにこひしかるらむ   (旅の空で粗末な小屋の不潔さに、故郷がどんなに恋しいことでしょう) 三位中将は返歌をされた。   故郷もこひしくもなしたびのそらみやこもつひのすみ家ならねば   (旅の空で故郷も恋しくはありません、都も最後まで住む所ではなかったのですから) 中将が、「優雅な歌を詠むものだ。この歌の作者はどのような者であろうか」と尋ねられると、景時が畏まって申し上げた。 「あなた様はまだご存じありませか。 あの人こそ八島の大臣殿がこの国の国守であられた時に、お召しになってご寵愛された方でしたが、老母をここに残して置いたので、頻りに暇を乞うたのですが許されず、頃は3月の初めだったので、   いかにせむみやこの春も惜しけれどなれしあづまの花や散るらむ   (どうしたらいいのでしょう、都の春も名残惜しいのですが、このままでは見慣れた東国の花が散ってしまうでしょう) と詠んで、暇をいただいて東国に下られた、東海道において第一の歌の名手でござい...

令和7年度愛知県公立高校入試国語問4【古文】

1 原文  武士のもとに、力強くして矢をはしらかし、物を強く射さする弓あり。 主の武士これを愛し、是ををしみて、重き宝と思へり。 ある人、この弓をとりて、矢を矧げてひかんとするに、強くしてひくにあたはず。 かるがゆゑに、おとをも射ず、物にも強くも立たず。 是がやうに、力ある人は堂塔をもつくり、法花・真言をもつとめおこなふべきなり。 力なきわれらは、念仏の弱弓をもて射ば、おのづから射当つる事も有るべし。 たとへば、玄象と云ふ琵琶は、ひかんとすれば手をきらひてならず。 ひきならはしたる琵琶をもて、おのづから心すみておもしろきがごとし。 念仏の功徳も又々、かくのごとし。 (『宝物集』より) 2 現代語訳  武士のもとに、力強く矢を遠く飛ばし、物を強く射ることができる弓があった。 持ち主の武士はこれを愛し、大切にして、大事な宝物だと思っていた。 ある人がこの弓を持って、矢を弓のつるにかけて引こうとしたけれど、強くて引くことができなかった。 だから、音を立てて射ることもできず、物を強く射ることができなかった。 このように、力がある人は寺院の堂や塔をつくり、法華宗や真言宗の修行をすることができるに違いない。 力がない私たちは、念仏のような誰でも扱える弱い弓で射れば、自然と射当てることもあるだろう。 たとえば、玄象という琵琶は、弾こうとしても十分な技量がなければ音を出すことができない。 弾き慣れた琵琶を弾けば、自然と心が澄んでおもむき深く感じるようなものである。 念仏の功徳もまた、このようなものである。 ・ 愛知県公立高校入試過去問古文・漢文現代語訳に戻る。

平成25年度第2回高認国語問4【漢文】

1 原文(書き下し文)  宋王に見ゆる者有り、車十乗を錫ふ。その十乗を以て荘子に驕稚す。荘子曰はく、「河上に家貧にして、緯蕭を恃みて食ふ者有り。その子淵に没して、千金の珠を得。その父その子に謂ひて曰はく、 『石を取り来りてこれを鍛け。夫れ千金の珠は、必ず九重の淵の、而も驪龍の頷下に在り。子能く珠を得たるは、必ずその睡に遭ひたればなり。驪龍をして寤め使めば、子尚ほ奚の微かこれ有らん』と。 今宋国の深さ、直に九重の淵のみに非ざるなり。宋王の猛、直に驪龍のみに非ざるなり。子能く車を得たるは、必ずその睡に遭ひたればなり。宋王をして寤め使めば、子は齏粉為らん」と。 (『荘子』より) 2 現代語訳  宋王に会った者がいて、十台もの高価な馬車を頂いた。その十台を荘子に見せびらかした。荘子は言った。「河上に家が貧しくて、葦で作った簾によって生計を立てている者がいた。その子どもが淵に潜って、千金の珠を得た。父はその子に言った。 『石を取ってきてこれを砕いてしまえ。そもそも千金の珠は、必ず非常に深い淵の、しかも黒い竜のあごの下にある。お前が珠を得ることができたのは、必ずその眠っている時に遭遇したからである。黒い竜が目を覚ませば、お前はそれでも小さなかけらでも残せるだろうか。』 今の宋国の深さは、ただ非常に深いだけの淵ではない。宋王の性格の激しさは、ただの黒い竜ではない。あなたが馬車を得ることができたのは、必ずその眠っている時に遭遇したからである。宋王が目を覚ませば、あなたは細かく砕かれることになるだろう。」 ・ 高等学校卒業程度認定試験(高認)国語過去問古文・漢文現代語訳に戻る。

平成25年度第2回高認国語問3【古文】

1 原文  暮れもはてぬに急ぎ出でて、聞きしかたに尋ね行く。いみじき馬をいとどうち早めつつ、夜中にもなりぬらむと見ゆるほどに、同じごと高き楼の上に、琴の声聞こゆ。はるかに尋ね登れば、道いと遠し。これは鏡のごと光を並べ、いらかを連ねて造れるものから、屋数少なく、かりそめなる屋に人住むべしと見ゆれど、わざと木陰に隠れつつ、楼を尋ね登れば、言ひしに変らず、えも言はずめでたき玉の女、ただひとり琴を弾きゐたり。  乱るる心あるなとはさばかり言ひしかど、うち見るより物おぼえず、そこら見つる舞姫の花の顔も、ただ土のごとくになりぬ。古里にていみじと思ひし神奈備の皇女も、見あはするに、鄙び乱れたまへりけり。あまりことごとしくも見ゆべきかんざし、髪上げたまへる顔つき、さらにけ遠からず。あてになつかしう、きよくらうたげなること、ただ秋の月のくまなき空に澄みのぼりたる心地ぞするに、いみじき心まどひをおさへて、念じ返しつつ、かの琴を聞けば、よろづの物の音ひとつに合ひて、空に響き通へること、げにありしに多くまさりたり。  とかくのたまふこともなけれど、ただ夢路にまどふ心地ながら、この得し琴を取りて搔き立つるを見て、もとの調べを弾きかへて、はじめより人の習ふべき手をとどこほるところなく、ひとわたり弾きたまふを聞くままに、やがてたどらずこの音につけて搔き合はすれば、我が心も澄みまさるからに、すずろに深きところ添ひて、やがて同じ声に音の出づれば、手に任せてもろともに弾くに、たどるところなく弾き取りつ。  これも月の明け行けば、琴をおしやりて、帰らんとしたまふ時に、悲しきことものに似ず、おぼえぬ涙こぼれ落ちて、言ひ知らぬ心地するに、公主もいたう物をおぼし乱れたるさまにて、月の顔をつくづくとながめたまへるかたはらめ、似るものなく見ゆ。例の文作り交して別れなむとする時、 「この残りの手は、九月十三夜より五夜になん尽くすべき」 とのたまふ。    雲に吹く風も及ばぬ波路より問ひ来ん人はそらに知りにき とのたまへば、    雲の外遠つさかひの国人もまたかばかりの別れやはせし と聞こゆるほどもなく、人々迎へに参る音すれば、はしのかたの山の陰より、のたまふままに隠ろへ出でぬ。 (『松浦宮物語』より) 2 現代語訳  日も暮れないうちに急ぎ出て、聞いた方向に尋ねていった。駿馬をさらに早めて、夜中になろうという頃に、...

平成25年度第1回高認国語問4【漢文】

1 原文(書き下し文)  斉の宣王射を好む。人の己能く強弓を用ふと謂ふを説ぶ。その嘗て用ふる所は三石に過ぎず、以て左右に示す。左右皆試みにこれを引き、関に中して止む。皆曰はく、「此れ九石を下らず。王に非ずんば、それ孰か能く是を用ひん」と。宣王の情、用ふる所は三石を過ぎずして、終身自ら以て九石を用ふと為す、豈に悲しからずや。直士に非ずんばそれ孰か能く主に阿らざらん。世の直士、その寡衆に勝たざるは、数なり。故に乱国の主、患ひは三石を用ひて九石と為すに存す。 (『呂氏春秋』より) 2 現代語訳  斉の宣王は弓矢を好んだ。強弓を使いこなすことができると人に言われるのを喜んだ。使用していたものは三石に過ぎず、これを側近に見せた。側近は皆、試しにこれを引いて、半分ほど引いてやめた。皆言った。「これは九石を下りません。王様でなければ、これを使いこなすことはできません。」宣王の情として、使用していたものは三石に過ぎなかったが、死ぬまで自ら九石を使いこなすとした。悲しことではないか。直士でなければ、主君に阿らずに直言することはできない。世に直士が少なく、阿る家臣の多さに敵わないのは、自然の成り行きである。故に乱国の君主の危うさは、三石を使用して九石を使いこなすと言うことにある。 ・ 高等学校卒業程度認定試験(高認)国語過去問古文・漢文現代語訳に戻る。

平成25年度第1回高認国語問3【古文】

1 原文  折節、かのきしゆ御前、稲荷の山より見おろして、うつくしの中将殿や、われ人間と生れなば、かかる人にこそ逢ひ馴るべきに、いかなる戒行によりて、かやうの身とは生れけるぞや、あさましさよと思ひけるが、よしよしひとまづ人間のかたちと化け、 一旦の契りをも結び候はではとおぼしめし、乳母の少納言を近づけて、「いかに聞き給へ。われ思ふ子細あり、いざや都に上り候ふべし。さりながら、この姿にて上りなば、人目もいかが候はん。十二単袴着せてたべ」。 乳母、このよしを聞き、「今ほど都には、鷹犬などと申して、家々ごとに多ければ、道のほども御大事にて候ふぞや。そのうへ、御父命婦殿、御二所様きこしめし候はば、わらはがしわざとのたまはんこと疑ひなし。おぼしめしとまり候へ」と申しける。姫君きこしめし、「いかにとどめ給ふとも、われ思ふ子細ありて、思ひ立ちぬることなれば、いかにとどめ給ふとも、とまるべきにてあらず」とて、うつくしく化けなしてこそ出でにけり。  さるほどに、中将殿は、この姫君を御覧じて、夢か現かおぼつかなしと御覧じけるに、そのかたち言ふはかりなく、まことに玄宗皇帝の楊貴妃、漢の武帝の世なりせば、李夫人かとも思ふべし、さてわが朝には、小野良真が女小野小町などといふとも、これほどこそありつらん、いかさまいづくの人にてもあれ、よきたよりぞとおぼしめし、乳母とおぼしき女房に、「これは、いづくよりいづかたへ通らせ給ふ人やらん」と御尋ねさせ給ふ。 乳母嬉しくて申しけるやうは、「これは、さる人の姫君にてましますが、継母に言ひ隔てられさせ給ひ、父の不孝をかうぶり給ひ、これを菩提の種として、いかならん山寺にも引き籠り給はんとの御ことにて候ふが、これを初めの旅なれば、道踏み迷ひて、これまで参りて候ふが、はばかり多く候へども、一夜の御宿を仰せつけられ候うてたび給へ」と、さもありありと申しければ、中将嬉しくおぼしめし、この年月色好みし侍りしかば、かやうの人に逢はんとのことにてこそありつらん、よしよし誰にてもあれ、これも前世の宿縁とおぼしめし、「こなたへ入らさせ給へ」とて、わが御屋形へ伴ひ、御乳母に春日の局に仰せつけ、さまざまにこそ御もてなしかしづき給ふこと、申すはかりはなかりけり。 (『御伽草子集』より) 2 現代語訳  そのとき、あのきしゆ御前が稲荷の山より見下ろして、美しい中将殿や、私が人間として生...

平成26年度第2回高認国語問4【漢文】

1 原文(書き下し文)  孟嘗君夏侯章に奉ずるに、四馬百人の食を以てし、これを遇すること甚だ歓ぶ。夏侯章言ふ毎に、嘗てこれを毀らずんばあらざるなり。或ひと以て孟嘗君に告ぐ。孟嘗君曰はく、「文以て夏侯公に事ふる有り。言ふ勿れ」と。 董之蘩菁以て夏侯公に問ふ。夏侯公曰はく、「孟嘗君は、重きこと諸侯に非ざるなり。而るに我に四馬百人の食を奉ず。我分寸の功無くして此れを得たり。然れども吾がこれを毀るは、以てこれを為さんと。君の長者為るを得る所以は、吾がこれを毀るを以てなり。吾身を以て孟嘗君の為にす、豈に言を待たんや」と。 (『戦国策』より) 2 現代語訳  孟嘗君は夏侯章をもてなすのに、貴族と同等の厚いもてなしをして、これをもてなすことを非常に喜んだ。夏侯章は何かにつけて、孟嘗君の悪口を言っていた。ある人が孟嘗君にこれを告げた。孟嘗君は言った。「私はこうして夏侯公をもてなしているのです。もうそれは言わないように。」 董之蘩菁はこのことを夏侯公に質問した。夏侯公は言った。「孟嘗君の地位は諸侯ではない。それなのに私に対して、貴族と同等の厚いもてなしをする。私は少しばかりの功績もなく、これを得ている。しかし私が孟嘗君の悪口を言うのは、それによって功をなすためである。孟嘗君が徳の高い立派な人物である理由は、私がその悪口を言うからである。私は身をもって孟嘗君の為になることをなす、これ以上説明する必要はないだろう。」 ・ 高等学校卒業程度認定試験(高認)国語過去問古文・漢文現代語訳に戻る。

平成26年度第2回高認国語問3【古文】

1 原文  隅田川のこなたに浅茅が原といふ所あり。其のわたりにいほりしめて、年久しく住めるひがおぢの有りける。此おぢ、唐事をこのみて、何ごとにも唐々といふくせなむ侍り。中にも荘子が風俗をめでて、心さへ身さへ唯是になむなれとぞ学ばひける。それにつきては、常にはかなくをかしきふるまひども多かり。  春もきさらぎの末つかたに、おのが住むあたりの畠どもには、青菜の花咲きみちて有るに、かはひらごの多く飛びめぐるを見つつ、かの無我有の郷といひけん境をおもひめぐらして、つらつら見をりけるが、いとうららにさしわたる春の日影にこころよくあたたまりつれば、ねむたくなりてや、しばしばうなづきけるが、終に打ちたふれてねにけるを、友どちの中に物あざむきする男の来たりあひて、此おぢのねいりたるをよき事とおもひ、かはひらごひとつをとりて、羽がひを少し悩めて飛び行くまじくし、そとぬきあしをしておぢが胸のあたりをねらひて打ちこみ、我は此方の一間に立ちかくれて、そらねをしてうかがひ居るに、おぢはやがておきあがりて、おもしろき夢や見つらむ、ひとりごちつつ、「あやあや、我は今無我有の郷に遊び居りしよ。実にしかり、実にしかなり」とて、頭をうごかしてよろこぶさましければ、猶ひそまりて見をるに、かのふところになげ入れたりしが、胸のあたりにはひあがりて、ゑりにとりつきなどし、羽を打ちあはせてとばむとするさまを見付けて、「さてな。我や是か、これが我なるか」とて、しばしみをりしが、手にとりすゑて、かの羽がひのいたみたりし所を見付け、「是こそ夢のまにまに少しもたがはね」とて、膝をうちておどろきうごく。さるは、とびそこなひて空より落ちつる夢や見つらむとおもふに、をかしくなりたれば、口をふたぎて逃げかへりしとなむ。 (『折々草』より) 2 現代語訳  隅田川のこちら側に浅茅が原という所がある。その辺りに庵を作り、長年住んでいる頑固者の老人がいた。この老人は、中国の学問、風習、風俗を好み、何事につけて中国では中国ではと言う癖があった。中でも荘子の学風を愛し、心までも身体までもひたすらその学風を身に付けようとまねをした。それについては、常に意味もないおかしな振舞いが多かった。  春も如月の末に、老人が住む辺りの畠には、青菜の花が咲き満ちていたが、蝶々がたくさん飛び巡るのを見ながら、あの無我有の郷と言われる境地に思いを巡らして、...

平成26年度第1回高認国語問4【漢文】

1 原文(書き下し文)  既に到る。郡兵は三千にして、羌は万余。赤亭を攻囲すること数十日。詡命じて強弩発する勿れ、潜に小弩を発せよと。羌力弱くして至る能はずと謂ひ、兵を并せて急に攻む。 是に於て二十の強弩をして共に射しむ。一人発すれば中らざる無し。羌大いに驚く。詡因つて城を出でて奮撃す。 明日悉くその兵を陳し、東郭門より出でて、北郭門に入らしめ、衣服を貿易して回転すること数周。羌その数を知らず。相恐動す。詡潜に浅水に於て伏を設けて、その走路を候ふ。羌果して大いに奔る。因つて掩撃して大いにこれを破る。賊是に由つて敗散す。 (『十八史略』より) 2 現代語訳  既に到着した。郡兵は三千で、羌族の兵は一万余り。赤亭を攻囲すること数十日。詡が命じるには、強弩を発射してはならない、密かに小弩を発射せよと。羌族は、力が弱いので届かないのだと思い、兵を合わせて急襲した。 ここで二十の強弩を一斉に発射させた。発射すれば命中しない者はいなかった。羌族は大いに驚いた。詡はこれにより、城を出て奮撃した。 翌日、全ての兵を整列させて、東の城門から出て、北の城門へ入らせ、衣服を取り替えてこれを繰り返すこと数周。羌族はその兵数を把握できなくなった。皆恐れて動揺した。詡は密かに浅水に伏兵を置いて、その逃げ道を窺った。羌族は果たして大勢逃げ出した。よって不意打ちして大いにこれを破った。賊はこれによって敗散した。 ・ 高等学校卒業程度認定試験(高認)国語過去問古文・漢文現代語訳に戻る。

平成26年度第1回高認国語問3【古文】

1 原文  右近が言ひしままに、初瀬詣でのよし、人々にも言ひ聞かせて、宵より右近をば呼ばせて、暁は、まだ夜をこめて急ぎ出づる。  かしこにては、例のしるべの童をまづ入れて、「かく」と聞こゆれば、心騒ぎもせん方なくて、まづうち泣かれ給ふ。  尼君、かひがひしき本性にて、さるべき所、とかくひきつくろひなどして入れ給へり。姫君にも、かひなき墨染なれど、あざやかなる御衣に奉り替へさす。「いと、うたて、見まうき御袖の色かな。まして、今いかに見つけ聞こえ給ひてん。人の御心の内、思ひやるこそいみじけれ」とて、うち泣き給ふ。「げに、いかばかり」と思ふに、はしたなくて、え出でやり給はぬを、「あまり心づきなきやうにや、人も思ひ給はん」と、わびしければ、中の障子口に几帳添へて、ゐざり出で給へり。  母君、うち見るより心惑ひして、ものもおぼえねば、ただむせかへるばかりなり。いく程の年月も隔たらねど、ありしにもあらず衰へて、さしもきよげに肥り過ぎたりし人の、面変はりするまでなりにけるを見給ふに、姫君の心の内、「ただ我ゆゑならんかし」と、罪得がましく思し知られて、いみじう泣き給ふ。右近も、よそにて思ひやり聞こえつる悲しさは、ものの数ならず、見奉るに目もくれて、ここにては今ひとしほ涙におぼれ居たり。  いと久しくなりぬれど、たがひにうち出で給ふ言の葉もなし。母君、からうして、ためらひつつ、「今まで、かくあるにもあらぬさまながらも長らへ侍るは、不思議にてなん。そのままに命絶えなましかば、今日はいかでか見奉らん。されば、いかで風のつてにも、かくこそはと、ほのめかし給はざるけることの、つらう悲しきに、今だに変はらぬ御姿見奉らば慰みなん。かくかひなき御さまになり給ひにければ、いとど心地も惑ひたること」と、言ひ続けて、臥しまろび給へる。ことわりに、置き所なく、ただ涙にのみむせびて、いらへもし給はず。 (『山路の露』より) 2 現代語訳  右近が言ったように、初瀬詣での際に、人々にも言って聞かせて、宵のうちから右近を呼ばせて、暁に、まだ夜が明けないうちに急いで出発した。  そこでは、例の案内役の童子をまず中に入れて、「かくかくしかじか」と申し上げたので、心が落ち着かずどうしようもなくて、まずお泣きになった。  尼君はしっかりした性格だったので、しかるべき所をあれこれ取り繕って、お入れなさった。姫君も、粗末な...

平成27年度第2回高認国語問4【漢文】

1 原文(書き下し文)  帝封徳彝に謂ひて曰はく、「朕聞く、『流水の清濁は、その源に在るなり』と。君は政の源、人庶は猶ほ水のごとし。君自ら詐を為して、臣下の直を行はんことを欲するは、是れ猶ほ源濁りて而も水の清からんことを望むがごとし。理として得べからざるなり。朕常に魏の武帝の詭詐多きを以て、その人と為りを鄙しむ。此の言豈に教令と為すに湛ふべけんや」と。 上書人に謂ひて曰はく、「朕大信をして天下に行はれしめんことを欲す。詐道を以て俗に訓ふるを欲せず。卿の言は謂れ無し。朕の取らざる所なり」と。 (『貞観政要』』より) 2 現代語訳  帝が封徳彝に言った。「朕は、『流水の清濁は、その源にある』と聞いたことがある。君主は政の源、万民は水のようなものである。君主が自ら偽りをなして、臣下に真っ直ぐな行いを求めるのは、源が濁っているのに、水が澄むのを望むようなものだ。どうしても受け入れられない道理である。朕は常に、魏の武帝は偽り欺きが多かったので、その人となりを軽蔑している。どうしてその進言を教令となすことに湛えることができようか。」 太宗に進言した人に言った。「朕は、大信が天下に行われることを望む。詐道を用いて、民衆を教化することを望まない。あなたの進言には根拠がない。朕が採用するべきものではない。」 ・ 高等学校卒業程度認定試験(高認)国語過去問古文・漢文現代語訳に戻る。

平成27年度第2回高認国語問3【古文】

1 原文  三人各郷土を棄てて、一樹の下に至り会へり。相共に同宿せり。時に一人問ひて云はく、汝等は、何なる人の、何の処より去りて、何の国より来れるや、と。皆、互ひに問ひ答へて云はく、生活せむが為に家を離れて東西するのみ。 吾等三人各三世の因感有りて、一樹の下に宿れり。故に断金の契を結びて、全く永代の眤びを期せむ。其の長けるをば父と為し、小年なる二をば兄弟と為す。桂蘭の心恒に芳しく、膠漆の語ひ弥深し。財を求め得ては、彼此を別たず、父に孝養すること猶骨肉に踰えたり。  爰に父、子等の心を試みむと欲て、二の子に語りて云はく、我河の中に舎を建て、以て居処と為む、と。二の子教へを奉じて土を運び、河を塡めて、入る毎に漂流して波浪に溺る。三年を経と雖も塡め作ることを得ず。爰に二の子吟きて云はく、我等不孝と成りぬ。父の命に叶はず。海中の玉豈誰が為にかせんや。世上の珎復誰の為ならんや。未だ小さき舎を造らず。我等人と為むや、と。 憂歎して寝ねたる夜の夢に、一人有り、壌を持ちて河の中に投ぐと見る。明旦に之を見るに、河の中に土を塡むること数十余丈、屋を建つること数十宇なり。之を見聞く者、皆共に奇しみて云はく、大いなるかなや。孝養に天神感応して河の中に岳を為りて、一夜に舎を建てて父をして安置せしむ、と。天下に之を聞きて嘆思せずといふこと莫し。 其の子終に生長して五位と為り、二千石と名づく。食口三十有余、三州を以て姓と為す。夫れ親父に非ずと雖も、丹誠を至さば神明の感近く在り。況んや骨肉をや。 (『注好選』より) 2 現代語訳  三人はそれぞれ郷土を捨てて、一樹の下に至り、会うことになった。共に同宿した。時に一人が質問して言うには、あなた達は、どのような人間で、どのような場所から去り、どの国から来たのですかと。皆、互いに質問し、答えて言うには、生活する為に家を離れてあてもなく放浪しているだけですと。 私達三人にはそれぞれ三世の宿縁が有り、一樹の下を宿とした。故に断金の契りを結び、全く永代の親しい交際を誓おう。その年長の者を父とし、若い二人を兄弟とした。桂蘭の心は常に芳しく、膠漆の語らいはいよいよ深まった。財を求め得た場合は、あれこれ分けてそれぞれ自分の物とすることなく、父へ孝養は血のつながった親へのそれを超えるものであった。  ここで父は、子達の心を試したいと思い、二人の子に語って言うには、私は...

平成27年度第1回高認国語問4【漢文】

1 原文(書き下し文) 【文章I】  文伯出で学びて還帰す。敬姜目を側めてこれを盼るに、その友の堂に上れるを見る。後に従ひ、階降して郃行し、剣を奉じて履を正し、父兄に事ふるが若し。文伯自ら以て成人と為す。 【文章II】  文伯乃ち謝罪す。是において、乃ち厳師・賢友を択びてこれに事ふ。与に遊処する所の者は、皆黄耄・倪歯なり。文伯衽を引き攘捲して、親らこれに饋りす。敬姜曰はく、「子は成人なり」と。 (『列女伝』より) 2 現代語訳 【文章I】  文伯は外に出て学び、帰還した。敬姜は目をそむけ、これを見るに、その友が堂に上がるのが見えた。後ろに従い、昇り降りして道を譲り、剣を奉じて履物を正し、父兄に仕えるようであった。文伯は自らを一人前とみなした。 【文章II】  文伯は直ちに謝罪した。これにより、厳師・賢友を選び、これに仕えた。共に遊ぶ者は皆老人であった。文伯は衣服の袖をまくりあげて、自らその食事の世話をした。敬姜は言った。「私の子は一人前になった。」 ・ 高等学校卒業程度認定試験(高認)国語過去問古文・漢文現代語訳に戻る。

平成27年度第1回高認国語問3【古文】

1 原文  「仙人の身持は、第一世帯に物がいらず。好色を離れ、美食をくらはず、世路に気を費さず。松の葉などの粗食を食ひ、正月着物も木の葉のつづれにてすまし、髭・月代もそらざれば、髪結賃をいださず。行きたい所へ、物のいらぬ雲に乗つて飛行する事自由なれば、仙術を行うて楽しみにせん」と、ふと思ひ込まれしを、手代のうちに、目の鞘の抜けたる、油断のならぬ男が聞きつけ、「幸ひの事」と、まかりいでて申しけるは、 「旦那には、かねて仙術を学ばんとおぼし召し立つ由、はばかりながら御自身、千年万年御工夫なされたればとて、何とておひとりその術を知り得たまはん。万の事もその通りなれども、別して師匠なしにこの道は行じがたし。昔もこの道に心を寄せて学ばれし人々、皆皆深山幽谷に分け入りて、それぞれの師匠を取り、または秘書を得てよく見きはめて、仙人になりたる衆中、日本にも多く見えたり」(中略)  「われも仙術の試みに」とて、ある時身を清め、秋の夜の月曇りなく、堺の南北一目に見渡し、三階蔵の屋根へ継ぎ梯子さして、七十に余りて達者にもない足をつま立て、やうやう屋根へ上りて、住吉の方に向ひ、観念の眼をふさぎ、「一代の大願この時なり。今志す所は生駒山までの飛行ぞ」と、両の手をさしのべて飛びければ、棒樫の枝をこすり、捨石のただ中に落ちかかりて、そのまま腰を抜かし、 「やれ仙術が生煮えにて、まだよく熟めもせぬに飛んで、腰骨を打ち折つたわ。こりや目がまふわ。出合へ出合へ」と、呼ばはる声に、家内の者ども驚き、手燭ともしつれ庭にいで、「これはこれは」と騒ぎ立ち、母屋へ人を走らせ、「医者よ。針立よ。へうたんの黒薬よ」と、隠居と母屋の大騒ぎ。 町内までも家々に行燈いだして、「元徳仙人が軽業のしそこなひなされて、腰の骨が折れたげな」と、堺中にこの沙汰ひろまり、それより大坂に伝へて、「これは変つたせんさく」と、今に話の種とはなりぬ。 (『浮世草子集』より) 2 現代語訳  「仙人の身持ちは、第一に生活において物がいらない。好色を離れ、美食を食らうことなく、世渡りの道に気を使うこともない。松の葉などの粗末なものを食べ、正月の着物も木の葉でできたぼろの着物で済まし、髭・月代も剃らないので、髪結いの料金を払わなくてもよい。行きたい所へ、費用のかからない雲に乗って飛行することも自由なので、仙術を行って楽しみとしよう」と、ふと思い込...

平成28年度第2回高認国語問4【漢文】

1 原文(書き下し文)  公子これを聞き、意驕矜として自ら功とするの色有り。客の公子に説くもの有りて曰はく、「物に忘るべからざる有り。或いは忘れざるべからざる有り。夫れ人公子に徳有り。公子忘るべからざるなり。公子人に徳有り。公子これを忘れんことを願ふ。 且つ魏王の令を矯め、晋鄙の兵を奪ひて以て趙を救ふ。趙においては則ち功有り。魏においては則ち未だ忠臣を為さざるなり。公子乃ち自ら驕りてこれを功とす。窃かに公子の為に取らざるなり」と。ここにおいて公子立ちどころに自らを責め、容るる所無き者の若きに似たり。 (『史記』より) 2 現代語訳  公子はこれを聞き、驕矜として自己の功績であるという表情であった。食客の中に公子に説く者があり、次のように言った。「物には忘れてはいけないことがあります。或いは忘れるべきことがあります。人から公子が恩義を受けたのであれば、公子は忘れてはいけません。公子が人に恩義を与えたのであれば、公子がそれを忘れることを願います。 さらに魏王の命令を曲げて、晋鄙の兵を奪って趙を救いました。趙においては功績です。魏においては忠臣とすることはできません。それなのに公子が自ら驕ってこれを功績とすることは、恐れながら公子の為になるとは思いません。」これを聞いて公子は立ちどころに自分を責め、身の置き所がない者のようであった。 ・ 高等学校卒業程度認定試験(高認)国語過去問古文・漢文現代語訳に戻る。

平成28年度第2回高認国語問3【古文】

1 原文 【文章I】  「田畠作るべき事はいかがする」と廻りて見るに、供に郎等ども多くも具せず、ただ物云ひ合ふべき者、四五人ばかりを具したり。食物は郡に知られずして、旅籠を具したり。 前々国司郡々入るには、郡の司しかるべき曳出物などするに、こはさなくて、守の云はく、「それ得るは賢きことなれども、さらにそれはすべからず。ただ我が任には、田畠をだに多く作りたらば、国人のためにも賢かるべし。さて使ひを得ずして、官物をとくなすべきなり」と云ひ廻らかしたれば、国人どもこれを聞きて、手を作るに喜びて、田畠多く作りて、おのおの身豊かになれば、つゆ物を惜しまずなし集むれば、守も大きに富みにけり。 【文章II】  守これを見て、「いとよくまうけたりけり。みことはもののゆゑこそ知りたりけれ。また徳のやらむかたなくあれば、かくするもことわりなり。そもそも、みことなすべき官物その数あり。これはその代はりに我取りてむ。また取り出でて、これがやうに、数劣らずとく包みて、講師には奉るべきなり。あなかしこ。愚かにすべからず」と云ひて、「男共詣で来りて、これ取れ」と云へば、郎等二人出で来たりて、三包みながら皆抱き取りて去りぬ。(中略)  しばらくばかりあるに、目より大きなる涙を雨のごとく落として、泣くこと限りなし。泣き入りてうつふしにふしたれば、子ども類親などいとほしがりて、おのおの走り騒ぎて、あやしの絹三十疋ばかり求め集めてぞ、講師に取らせける。 (『今昔物語集』巻第二十より) 2 現代語訳 【文章I】  「田畠を作るにはどうすればよいだろう」と視察して歩いたが、家来を多く帯同せず、ただ農民との間に立って話のできる者を四、五人ほど帯同した。 国司が先々の郡に入るときに、郡司はしかるべき引出物を贈るのだが、この度はそれがなく、守の言うには、「それを受け取るのは好都合なことではあるけれど、やはりそうするべきではない。私の任務は、ただ田畠を多く作れば、土地の人のためにも好都合なことである。そうして役人の催促を受けることなく、租税を早く徴収するべきである」と言って回らせれば、土地の人たちはこれを聞いて、手を打って喜び、田畠を多く作り、それぞれ豊かになり、少しも物惜しみすることなく徴収できるので、守も大いに豊かになった。 【文章II】  守はこれを見て、「本当によく準備したものである。あなたは事物の道理を知...