平成28年度第2回高認国語問3【古文】
1 原文
【文章I】
「田畠作るべき事はいかがする」と廻りて見るに、供に郎等ども多くも具せず、ただ物云ひ合ふべき者、四五人ばかりを具したり。食物は郡に知られずして、旅籠を具したり。前々国司郡々入るには、郡の司しかるべき曳出物などするに、こはさなくて、守の云はく、「それ得るは賢きことなれども、さらにそれはすべからず。ただ我が任には、田畠をだに多く作りたらば、国人のためにも賢かるべし。さて使ひを得ずして、官物をとくなすべきなり」と云ひ廻らかしたれば、国人どもこれを聞きて、手を作るに喜びて、田畠多く作りて、おのおの身豊かになれば、つゆ物を惜しまずなし集むれば、守も大きに富みにけり。
【文章II】
守これを見て、「いとよくまうけたりけり。みことはもののゆゑこそ知りたりけれ。また徳のやらむかたなくあれば、かくするもことわりなり。そもそも、みことなすべき官物その数あり。これはその代はりに我取りてむ。また取り出でて、これがやうに、数劣らずとく包みて、講師には奉るべきなり。あなかしこ。愚かにすべからず」と云ひて、「男共詣で来りて、これ取れ」と云へば、郎等二人出で来たりて、三包みながら皆抱き取りて去りぬ。(中略)しばらくばかりあるに、目より大きなる涙を雨のごとく落として、泣くこと限りなし。泣き入りてうつふしにふしたれば、子ども類親などいとほしがりて、おのおの走り騒ぎて、あやしの絹三十疋ばかり求め集めてぞ、講師に取らせける。
(『今昔物語集』巻第二十より)
2 現代語訳
【文章I】
「田畠を作るにはどうすればよいだろう」と視察して歩いたが、家来を多く帯同せず、ただ農民との間に立って話のできる者を四、五人ほど帯同した。国司が先々の郡に入るときに、郡司はしかるべき引出物を贈るのだが、この度はそれがなく、守の言うには、「それを受け取るのは好都合なことではあるけれど、やはりそうするべきではない。私の任務は、ただ田畠を多く作れば、土地の人のためにも好都合なことである。そうして役人の催促を受けることなく、租税を早く徴収するべきである」と言って回らせれば、土地の人たちはこれを聞いて、手を打って喜び、田畠を多く作り、それぞれ豊かになり、少しも物惜しみすることなく徴収できるので、守も大いに豊かになった。
【文章II】
守はこれを見て、「本当によく準備したものである。あなたは事物の道理を知っている。また財産が余るほど多くあるから、このようにするのも道理がある。そもそも、あなたが徴収する租税はたくさんある。これはその代わりに私が持っていこう。また徴収して、このように、たくさん早く包んで、講師に差し上げるべきである。あぁ、もったいない。愚かなことをしてはならない」と言って、「お前たち、詣でに来て、これを持っていけ」と言うと、家来二人が出て来て、包みを三つほど皆抱き取って去っていった。(中略)しばらくしてから、目から大きな涙を雨のように落として、いつまでも泣いていた。泣き入って横になってしまったので、子どもや親類たちが大変気の毒に思い、それぞれ走り騒いで、粗末な絹を三十疋ほど求め集めて、講師に差し上げた。
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