1 原文 頼光朝臣の郎等季武が従者に、究竟の者ありけり。 季武は第一の手利きにて、さげ針をもはづさず射けるものなりけり。 件の従者、季武にいひけるは、 「さげ針をば射給ふとも、この男が三段ばかり退きて立ちたらんをば、え射給はじ。」といひけるを、 季武、「やすからぬ事いふやつかな。」と思ひて、あらがひてけり。 「もし射はづしぬるものならば、汝がほしく思はんものを所望にしたがひてあたふべし。」とさだめて、 「おのれはいかに。」といへば、「これは命をまゐらするうへは。」といへば、「さいはれたり。」とて、 「さらば。」とて、「たて。」といへば、この男、いひつるがごとく三段退きて立ちたり。 季武、「はづすまじきものを、従者一人失ひてんずる事は損なれども、意趣なれば。」と思ひて、 よく引きてはなちたりければ、左の脇のしも五寸ばかり退きてはづれにければ、 季武負けて、約束のままに、やうやうの物どもとらす。いふにしたがひてとりつ。 その後、「今一度射給ふべし。」といふ。やすからぬままにまたあらがふ。 季武、「はじめこそ不思議にてはづしたれ、この度はさりとも。」と思ひて、 しばし引きたもちて、ま中にあてて放ちけるに、右の脇のしたをまた五寸ばかり退きてはづれぬ。 その時この男、「さればこそ申し候へ、え射給ふまじきとは。 手利きにてはおはすれども、心ばせのおくれ給ひたるなり。 人の身ふときといふ定、一尺には過ぎぬなり。それをま中をさして射給へり。 弦音聞きて、そとそばへをどるに、五寸は退くなり。しかればかく侍るなり。 かやうのものをば、その用意をしてこそ射給はめ。」といひければ、 季武、理に折れて、いふ事なかりけり。 (『古今著聞集』より) 2 現代語訳 頼光朝臣の郎等、季武の従者に、武芸にすぐれた者がいた。 季武は第一の弓の名手で、糸でつり下げた縫い針をも外さずに射当てた者であった。 件の従者が季武に言った。 「糸でつり下げた縫い針を射当てなさいますとも、私が32メートルばかり離れて立っているのを、射当てなさることはできないでしょう。」 季武は「おもしろくないことを言う奴だな」と思って反論した。 「もし射外したならば、お前が欲しいと思うものを望みのままに与えよう」と決めて、 「お主はどうする」と言えば、「私は命を献上しますので」と言った。「もっともなことだ」、 「それならば」、「立...