1 原文 仁斎先生存在の時、大高清助といふ人、『適従録』を著して大いに先生を誹譏す。 門人かの書を持ち来たりて示し、且つこれが弁駁を作らん事を勧む。 先生微笑してことばなし。 かの門人怒りつぶやきていふ、 「もし先生弁ぜずんば吾其の任にあたらん。」と。 先生しづかに言ひていはく、 「彼是ならば吾非を改めて彼が是にしたがふべし。 もし吾是に彼非ならば吾が是は即天下の公共なり。 固より弁をまたず。 久しうして彼も又みづからその非をしらん。 汝只みづから修めよ。 他をかへりみる事なかれ。」とぞ。 先生の度量、大旨此のたぐひなりと、ある人かたりき。 (『仮名世説』より) 2 現代語訳 仁斎先生が生きていらっしゃるとき、大高清助という人が、『適従録』を著して大いに先生の学説を非難した。 門人がその書を持って来て示し、すぐにこれに反論することを勧めた。 先生は微笑して何も言わなかった。 門人は怒ってつぶやいた。 「もし先生が反論をしないのならば、私がその任に当たりましょう。」 先生は静かに言った。 「彼が是ならば、私は自分の非を改めて、彼の是に従うべきです。 もし私が是で彼が非ならば、私が是なることは天下に知れ渡ることとなります。 もともと反論するまでもないのです。 しばらくすれば彼も又自分でその非を知ることになるでしょう。 あなたはひたすら自分自身の修養に努めなさい。 他人を顧みるようなことはしないように。」 先生の度量、大旨このようなものだったと、ある人は語った。 ・ 愛知県公立高校入試過去問古文・漢文現代語訳に戻る。