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平成26年度第2回高認国語問3【古文】

1 原文

 隅田川のこなたに浅茅が原といふ所あり。其のわたりにいほりしめて、年久しく住めるひがおぢの有りける。此おぢ、唐事をこのみて、何ごとにも唐々といふくせなむ侍り。中にも荘子が風俗をめでて、心さへ身さへ唯是になむなれとぞ学ばひける。それにつきては、常にはかなくをかしきふるまひども多かり。
 春もきさらぎの末つかたに、おのが住むあたりの畠どもには、青菜の花咲きみちて有るに、かはひらごの多く飛びめぐるを見つつ、かの無我有の郷といひけん境をおもひめぐらして、つらつら見をりけるが、いとうららにさしわたる春の日影にこころよくあたたまりつれば、ねむたくなりてや、しばしばうなづきけるが、終に打ちたふれてねにけるを、友どちの中に物あざむきする男の来たりあひて、此おぢのねいりたるをよき事とおもひ、かはひらごひとつをとりて、羽がひを少し悩めて飛び行くまじくし、そとぬきあしをしておぢが胸のあたりをねらひて打ちこみ、我は此方の一間に立ちかくれて、そらねをしてうかがひ居るに、おぢはやがておきあがりて、おもしろき夢や見つらむ、ひとりごちつつ、「あやあや、我は今無我有の郷に遊び居りしよ。実にしかり、実にしかなり」とて、頭をうごかしてよろこぶさましければ、猶ひそまりて見をるに、かのふところになげ入れたりしが、胸のあたりにはひあがりて、ゑりにとりつきなどし、羽を打ちあはせてとばむとするさまを見付けて、「さてな。我や是か、これが我なるか」とて、しばしみをりしが、手にとりすゑて、かの羽がひのいたみたりし所を見付け、「是こそ夢のまにまに少しもたがはね」とて、膝をうちておどろきうごく。さるは、とびそこなひて空より落ちつる夢や見つらむとおもふに、をかしくなりたれば、口をふたぎて逃げかへりしとなむ。
(『折々草』より)

2 現代語訳

 隅田川のこちら側に浅茅が原という所がある。その辺りに庵を作り、長年住んでいる頑固者の老人がいた。この老人は、中国の学問、風習、風俗を好み、何事につけて中国では中国ではと言う癖があった。中でも荘子の学風を愛し、心までも身体までもひたすらその学風を身に付けようとまねをした。それについては、常に意味もないおかしな振舞いが多かった。
 春も如月の末に、老人が住む辺りの畠には、青菜の花が咲き満ちていたが、蝶々がたくさん飛び巡るのを見ながら、あの無我有の郷と言われる境地に思いを巡らして、つらつら見ていたが、大変うららかに射し渡る春の日差しが心地よく暖まったので、眠たくなったのか、しばしば舟を漕いでいたが、終いに倒れて寝てしまったのを、友だちの中の人を騙すような男がやって来て、これを見て、この老人が眠っているのを都合がよいと思い、蝶々を一羽捕って、羽のつけ根を少し傷つけて飛べなくし、そっと抜き足で老人の胸の辺りを狙って放り込み、自分はこちらの方の一間に立ち隠れて、空寝をして窺っていると、老人はやがて起き上がって、おもしろい夢を見たと、独り言を言いながら、「さてさて、私は今無我有の郷で遊んでいたのだ。本当にそうだ、本当にそうなのだ」と、頭を動かして喜ぶような仕草をしたので、なお息を潜めて見ていると、あの懐に投げ入れた蝶が、胸の辺りに這い上がって、襟に取り付いたりして、羽を打ち合わせて飛ぼうとする様子を見つけて、「さてな。私がこれか、これが私であるか」と、しばらく見ていたが、手に取って、あの羽のつけ根の傷ついた所を見つけ、「これこそ夢の中でのことと少しも違いがない」と、膝を打って驚き動いた。これは、飛び損なって空から落ちた夢を見たのだろうと思うに、おかしくなったので、口を手で塞いで逃げ帰ったということだ。

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