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平成27年度第1回高認国語問3【古文】

1 原文

 「仙人の身持は、第一世帯に物がいらず。好色を離れ、美食をくらはず、世路に気を費さず。松の葉などの粗食を食ひ、正月着物も木の葉のつづれにてすまし、髭・月代もそらざれば、髪結賃をいださず。行きたい所へ、物のいらぬ雲に乗つて飛行する事自由なれば、仙術を行うて楽しみにせん」と、ふと思ひ込まれしを、手代のうちに、目の鞘の抜けたる、油断のならぬ男が聞きつけ、「幸ひの事」と、まかりいでて申しけるは、
「旦那には、かねて仙術を学ばんとおぼし召し立つ由、はばかりながら御自身、千年万年御工夫なされたればとて、何とておひとりその術を知り得たまはん。万の事もその通りなれども、別して師匠なしにこの道は行じがたし。昔もこの道に心を寄せて学ばれし人々、皆皆深山幽谷に分け入りて、それぞれの師匠を取り、または秘書を得てよく見きはめて、仙人になりたる衆中、日本にも多く見えたり」(中略)
 「われも仙術の試みに」とて、ある時身を清め、秋の夜の月曇りなく、堺の南北一目に見渡し、三階蔵の屋根へ継ぎ梯子さして、七十に余りて達者にもない足をつま立て、やうやう屋根へ上りて、住吉の方に向ひ、観念の眼をふさぎ、「一代の大願この時なり。今志す所は生駒山までの飛行ぞ」と、両の手をさしのべて飛びければ、棒樫の枝をこすり、捨石のただ中に落ちかかりて、そのまま腰を抜かし、
「やれ仙術が生煮えにて、まだよく熟めもせぬに飛んで、腰骨を打ち折つたわ。こりや目がまふわ。出合へ出合へ」と、呼ばはる声に、家内の者ども驚き、手燭ともしつれ庭にいで、「これはこれは」と騒ぎ立ち、母屋へ人を走らせ、「医者よ。針立よ。へうたんの黒薬よ」と、隠居と母屋の大騒ぎ。
町内までも家々に行燈いだして、「元徳仙人が軽業のしそこなひなされて、腰の骨が折れたげな」と、堺中にこの沙汰ひろまり、それより大坂に伝へて、「これは変つたせんさく」と、今に話の種とはなりぬ。
(『浮世草子集』より)

2 現代語訳

 「仙人の身持ちは、第一に生活において物がいらない。好色を離れ、美食を食らうことなく、世渡りの道に気を使うこともない。松の葉などの粗末なものを食べ、正月の着物も木の葉でできたぼろの着物で済まし、髭・月代も剃らないので、髪結いの料金を払わなくてもよい。行きたい所へ、費用のかからない雲に乗って飛行することも自由なので、仙術を行って楽しみとしよう」と、ふと思い込んだのを、手代のうちに、抜け目のない、油断のならない男が聞きつけ、「これ幸い」と、まかり出て申し上げるには、
「旦那様が、かねて仙術を学ぼうと思い立たれた旨、はばかりながらご自身で、千年万年工夫なされたとしても、どうして独学でその術を会得なさることができるでしょう。万事につけその通りなのですが、特に師匠なしでこの道を進むのは難しいでしょう。昔からこの道に心惹かれて学んだ人々は、皆深山幽谷に分け入り、それぞれ師匠を取り、または秘蔵の書物を取得してよく見極めて、仙人になった人たちは、日本にも多くみえます」(中略)
 「私も仙術を試してみよう」と、ある時身を清め、秋の夜で月に曇りもなく、堺の南北を一目に見渡し、三階建ての蔵の屋根へ梯子を継ぎ合わせたものをかけて、七十歳余りで達者でもない足をつま立てて、ようよう屋根へ上り、住吉の方向に向かい、心を静めて念じ、「一代の大願、この時である。今志す所は生駒山までの飛行である」と、両手を伸ばして飛んだところ、樫の木の枝をこすり、捨石の真ん中に落下して、そのまま腰を抜かし、
「あぁ仙術が未完成で、まだよく熟達していないのに飛んで、腰の骨を打ち折ったわ。こりや目が回る。誰か、出てきてくれ」と呼ぶ声に、家内の者たちは驚き、手燭を灯して庭に出て、「これは、これは」と騒ぎ立ち、母屋へ人を走らせ、「医者だ。鍼灸師だ。ひょうたんの黒薬だ」と、隠居と母屋の間で大騒ぎ。
町内までも家々に行燈を出して、「元徳仙人が軽業を失敗されて、腰の骨が折れたそうだ」と、堺中にこの話が広まり、それ以来大坂に伝わり、「これはおかしな話だ」と、今も話の種となっている。

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