令和6年度第2回高認国語問3【古文】
1 原文
【資料III】
彼宿の長者熊野が娘、侍従がもとに其夜は宿せられけり。侍従、三位中将を見奉ッて、
「昔はつてにだに思ひよらざりしに、今日はかかる所にいらせ給ふふしぎさよ」とて、一首のうたを奉る。
旅の空はにふの小屋のいぶせさにふる郷いかにこひしかるらむ
三位中将返事には、
故郷もこひしくもなしたびのそらみやこもつひのすみ家ならねば
中将は、「やさしうも仕ッたるものかな。此歌のぬしはいかなる者やらん」と御尋ねありければ、景時畏ッて申しけるは、
「君は未だしろしめされ候はずや。
あれこそ八島の大臣殿の当国の守でわたらせ給ひ候ひし時、召され参らせて御最愛にて候ひしが、老母を是に留めおき、頻りに暇を申せども給はらざりければ、ころはやよひのはじめなりけるに、
いかにせむみやこの春も惜しけれどなれしあづまの花や散るらむ
と仕ッて、暇を給はッてくだりて候ひし、海道一の名人にて候へ」とぞ申しける。
(『平家物語』より)
2 現代語訳
【資料III】
その宿の長者熊野の娘、侍従の所にその夜は宿泊された。侍従は三位中将を見て、
「かつては人づてにさえ、和歌を送ることなどは思いもよらなかったのに、今日はこのような所にいらっしゃるというのは不思議なことです」と、一首の歌を差し上げた。
旅の空はにふの小屋のいぶせさにふる郷いかにこひしかるらむ
(旅の空で粗末な小屋の不潔さに、故郷がどんなに恋しいことでしょう)
三位中将は返歌をされた。
故郷もこひしくもなしたびのそらみやこもつひのすみ家ならねば
(旅の空で故郷も恋しくはありません、都も最後まで住む所ではなかったのですから)
中将が、「優雅な歌を詠むものだ。この歌の作者はどのような者であろうか」と尋ねられると、景時が畏まって申し上げた。
「あなた様はまだご存じありませか。
あの人こそ八島の大臣殿がこの国の国守であられた時に、お召しになってご寵愛された方でしたが、老母をここに残して置いたので、頻りに暇を乞うたのですが許されず、頃は3月の初めだったので、
いかにせむみやこの春も惜しけれどなれしあづまの花や散るらむ
(どうしたらいいのでしょう、都の春も名残惜しいのですが、このままでは見慣れた東国の花が散ってしまうでしょう)
と詠んで、暇をいただいて東国に下られた、東海道において第一の歌の名手でございます」と。
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