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令和元年度第1回高認国語問5【古文】

1 原文

 浜田聞きて、「それはいかなる御事ぞ。更に心得がたし」といふ。
平次ありのままにかたりて、真紅の帯を取り出してみせたり。
その時浜田大いに驚き、「この帯はそのかみ姉に約束せし時に給はりし物なり。姉むなしくなりければ、棺におさめてうづみ侍り。
又妹は病おもく、床にふしてあり。君とつれて他国にゆくべき事なし」とて、
「舟にとどめおきたり」といふをききて、人をつかはしてみするに、舟にはふなかたの外は更に人なし。
「これはそもいかなる事ぞ」とて浜田夫婦は驚き、うたがふところに、
妹の娘そのまま床より立ちあがりて、さまざま口ばしりて、
「我すでに平次に約束ありながら、世をはやうせしかば、おくり捨てられて、塚の主となされしかども、平次にふかきすぐせの縁あり。
この故に今又ここに来れり。ねがはくは我が妹をもつて、平次が妻となしてたべ。
然らば日比の病もいゆべし。これみづからの心に望むところなり。
もしこの事をかなへ給はずは、妹が命をもおなじ道にひきとりて、我が黄泉の友とせむ」といふ。
家うちの人みな驚きあやしみて、その身をみれば妹の娘にして、その身のあつかひ、ものいふ声ことばは、みな姉の娘にすこしもたがはず。
父の浜田いふやう、「汝はすでに死したり。いかでかその跡までも執心ふかくは思ふぞや」と。
物の気こたへていふやう、「みづから先世に深き縁ある故に、命こそみじかけれども閻魔大王にいとまを給はり、この一年あまりのちぎりをなし侍り。
今は迷塗にかへり侍る。必ず、みづからがいふ事たがへ給ふな」とて、平次が手をとり、涙をながし、いとまごひして、又手を合はせ、父母をおがみつつ、さていふやうは、
「かまへて平次の妻となるとも、女の道よくまもり、父母にかうかうせよや、今はこれまでぞ」とて、わなわなとふるひて地にたふれて死に入りたり。
人々驚き容に水そそぎければ、妹よみがへり、病はたちまちにいえたり。
先の事どもをとひけるに、ひとつもおぼえたる事なし。
これによりてつひに妹の娘をもつて、平次と夫婦になしつつ、さまざま仏事をいとなみ、姉の娘が跡をとぶらひ侍り。
これを聞く人きどくのためしに思ひけり。
(『伽婢子』より)

2 現代語訳

 浜田は聞いて、「それはいかなることだ。更に理解できない」と言った。
平次はありのままに語って、真紅の帯を取り出して見せた。
その時、浜田は大いに驚き、「この帯はその頃に姉に約束したときにいただいたものだ。姉は亡くなったので、棺に納めて埋めたのだ。
それに妹は病いが重く、床に伏している。君と連れ立って他国に行くことなどありえない」と言った。
「舟に留め置いてきた」と言うのを聞いて、人を遣わしてみると、舟には船頭以外に人はいなかった。
「これは一体いかなることだ」と浜田夫婦は驚き、疑問に思っているところに、
妹の娘がそのまま床より立ち上がって、様々なことを口走った。
「私はすでに平次との約束がありながら、死んでしまったので、送り捨てられて墓の主とされてしまったけれども、平次とは深い前世からの宿縁があります。
それゆえ、今またここへ来たのです。願わくは私の妹を平次の妻としてください。
そうすれば彼女の日頃の病いも治るでしょう。これは私の心から望むところです。
もしこのことを叶えてくださらないなら、妹の命も同じ道に引き入れて、私のあの世の友としましょう」と言った。
家の者はみんな驚き怪しんで、その身体を見ると妹の娘にして、その身の扱い、もの言う声はすべて姉の娘と少しの違いもなかった。
父の浜田が言った。「貴方はすでに死んだのだ。どうしてその跡を執心深く思うのだ。」
物の怪が答えて言った。「前世からの深い縁があるので、命こそ短いけれども閻魔大王に暇を賜わり、この一年余りの契りをなしたのです。
今からあの世へ帰ります。必ず、私が言ったことに背かないでください」と言って、平次の手を取り、涙を流して暇乞いをし、また手を合わせて父母を拝みつつ言った。
「平次の妻となっても、女の道をよく守り、父母に孝行するのですよ、今はこれまでです」と言って、わなわなと震えて倒れ、気を失ってしまった。
人々が驚いて顔に水を注ぐと妹はよみがえり、病いは直ぐに治ってしまった。
先ほどのことを問うと、一つも覚えていなかった。
このことによって妹の娘と平次を夫婦にして、様々な仏事を営んで姉の娘の跡を弔った。
これを聞いた人は不思議なことだと思った。

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