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令和4年度第1回高認国語問5【古文】

1 原文

 俊恵に和歌の師弟の契り結び侍りし初めの言葉にいはく、
「歌は極めたる故実の侍るなり。
われをまことに師と頼まれば、このこと違へらるな。
そこはかならず末の世の歌仙にていますかるべき上に、かやうに契りをなさるれば申し侍るなり。
あなかしこあなかしこ、われ人に許さるるほどになりたりとも、証得して、われは気色したる歌詠み給ふな。
ゆめゆめあるまじきことなり。

後徳大寺の大臣は左右なき手だりにていませしかど、その故実なくて、今は詠みくち後手になり給へり。
そのかみ前の大納言など聞こえし時、道を執し、人を恥ぢて、磨き立てたりし時のままならば、今は肩並ぶ人少なからまし。
われ至りにたりとて、この頃詠まるる歌は、少しも思ひ入れず、やや心づきなき言葉うち混ぜたれば、何によりてかは秀歌も出で来む。
秀逸なければまた人用ゐず。

歌は当座にこそ、人がらによりて良くも悪しくも聞こゆれど、後朝に今一度静かに見たるたびは、さはいへども、風情もこもり、姿もすはほなる歌こそ見とほしは侍れ。
かく聞こゆるはをこのためしなれど、俊恵はこの頃もただ初心の頃のごとく歌を案じ侍り。

また、わが心をば次にして、あやしけれど、人の讃めも謗りもするを用ゐ侍るなり。
これは古き人の教え侍りしことなり。
このことを保てるしるしにや、さすがに老いてはてたれど、俊恵を詠みくちならずと申す人はなきぞかし。
また異事にあらず、この故実を誤たぬゆゑなり。」
(『無名抄』より)

2 現代語訳

 俊恵と和歌の師弟の契り結んだ際に、最初の言葉としてこう言われました。
「歌について極めて大切な故実があります。
私をまことの師と頼むのであれば、これを違えてはなりません。
あなたはきっと将来、歌の名人になるでしょうし、このように契りを結ぶのですから、申し上げるのです。
決して、決して、人に認められるほどになったとしても、習得したとうぬぼれたような歌を詠んではいけません。
決してやってはいけないことです。

後徳大寺の大臣は比類なき名手でしたけれど、この故実を心得ることなく、今では詠み方が衰るようになってしまいました。
その昔、前の大納言などと言われていた当時、歌の道に没頭し、人を気にして、腕を磨いていたときのままであったならば、今は肩を並べる人も少なかったでしょうに。
『私は習得したのだ』と、この頃詠まれる歌は、少しも思慮がなく、やや好感が持てない言葉を混ぜるので、どうして秀歌が出て来ましょうか。
秀歌がないので人は評価しません。

歌はその場でこそ、人がらによって良くも悪くも聞こえますが、その翌朝に今一度静かに見るときは、そうは言っても、風情がこもり、姿も素直な歌こそいつまでも見続けられるものです。
このように話したのはばかげた例でありますが、私はこの頃もただ初心の頃のように歌をあれこれと考えます。

また、自分の心を次にして、不審であっても、人の称賛や冷評も役立てています。
これは古人が教えてくれることなのです。
このことを守っているおかげでしょうか、さすがに老いてしまいましたが、私を詠み方が下手だと言う人はいないでしょう。
それは他でもありません、この故実を違えずにいるからです。」

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