令和5年度第2回高認国語問5【古文】
1 原文
高野御室御寵童共の師匠の料に、孝博を鳴滝に家つくりて居ゑ給ひて、種々御いとほしみありて、常在・参川に、箏・琵琶をならはせさせ給ひけり。
常在には琵琶、参川には箏、各器量も相ひ叶ひて、秘曲ども授けけり。
参川に千金調子授けてけりと、富家入道殿聞しめして、孝博を召して、
「実にや、千金調子、御室なる児にをしへたんなる」と問はしめ給ふに、
孝博申して云はく、「召して聞しめすべし」と云々。
之れに依りて御室へ「箏よく弾く童の候ふなる、給ひて聞き候はばや」
と申さしめ給ひたりければ、御室興に入り給ひて、参川を進ぜられけり。
御前に召して、楽などあまた引かれて後に、千金調子をひかせらるるに、
「正躰無き僻事共なり」と。
童退出せる後、又た孝博を召して仰せられて云はく、
「千金調子僻事為る由、申さしむべきなり」と云々。
孝博、「今暫く助けしめ御すべし。忽ちにまどひ候ひなむず」と申しけれど、
「僻事なり。汝も我れも存生の時、謝し顕はしめずは、後代の狼藉為るか」とて、
ありのままに御室に申さるる間、孝博不日に追却に預かり畢んぬ、と云々。
(『古事談』より)
2 現代語訳
高野御室(白河天皇の第四皇子)が寵愛する童たちの音楽の指導をしてもらうお礼に、藤原孝博を鳴滝(仁和寺の北西にある土地)に家をつくって住まわせなさった。いろいろとかわいがられて、常在と参川に、箏と琵琶を習わせなさった。
常在には琵琶を、参川には箏を、それぞれ器量も叶って、秘曲(特別の家系または技量の者に限り伝授する秘伝の楽曲)を伝授した。
参川に千金調子(秘曲の一つ)を伝授したと、富家入道殿(藤原忠実)がお聞きになって、孝博を招いて、
「本当に、千金調子を御室の童に教えたのですか」と質問なさると、
孝博は申し上げた。「呼び寄せてお聞きになってください」ということである。
こうして御室へ「箏を上手に弾く童がいるとのこと、招いて聞いてみたいものです」
と申し上げなさったので、御室は興に入れられて、参川をお寄こしになった。
御前に招いて、楽曲をたくさん弾いた後に、千金調子を弾かせたところ、
「実体のない間違いである」と。
童が退出した後に、また孝博を招いて仰せになった。
「千金調子の件が間違いであったことについて、お話しになるべきでしょう」ということである。
孝博は言った。「今暫くお助けになってください。たちどころに迷うことになってしまいます」と申し上げたけれど、
「間違いである。あなたも私も生きているうちに、謝罪してこれを明らかにしなければ、後代の混乱となりましょう」と言って、
ありのままに御室に申し上げたところ、孝博は何日もたたないうちに追放となってしまったという話である。
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