子どもにはどのようなゲームを与えるべきなのか。
1 父の教育方針
子どもの頃、父がボードゲーム・セットを買ってくれた思い出など、何の変哲もないエピソードだ。ただ、そこには父の哲学と言うか、教育方針が隠されていた。
2 ファミコンが欲しくて仕方がなかった
僕が子どもの頃、丁度ファミコンが流行した時代だった。小学生だった僕は、テレビゲームがしたくてしたくて、ファミコンが欲しくて欲しくて仕方がなかった。
家にファミコンがある友だちの家に行って、みんながゲームをするのをずっと眺めていた。
本当は自分でもプレイしたかったのだけれど、家にファミコンがなくへたくそだったので、我慢して友だちがやるのを眺めていたのだ。
母に何度も何度もおねだりしても買ってもらえなかった。
それは実は父の教育方針だった。
テレビゲームは買い与えたくないと考えていたそうだ(このことは随分後になってから聞いた)。
3 ボードゲーム
だから、父はその代わりにボードゲーム・セットを買ってくれたのだ。ファミコンも買ってくれないのに、なぜ頼んでもいないこんなものを買ってくれたのか、当時、僕はひどく不思議に思ったことを今でも覚えている。
でも、そんなものがテレビゲームの代わりになどなるはずもなく、僕は毎日のようにゲームセンターに行ってはゲームをしていた。
なので、毎日のようにお小遣いをおねだりしていた。
当時、家は金銭的に裕福ではなかったので、ゲームに飢えていた僕の欲求を満たすほどのお小遣いはもらえなかった。
そして僕はちょっとした事件を起こした。
4 事件
5円玉を50円玉と誤認する機種のゲーム機に、5円玉を入れて遊んだのだ。何回かそんなことをして、それがお店の人にばれて注意されて、それ以来恥ずかしくてゲームセンターに行けなくなったのだ。
しばらくして、我が家にもようやくファミコンがやってきた。
父は時代の流れには逆らえないと観念したらしい。
しかし、今冷静に振り返って考えると、もしかしたら両親は僕が起こした事件を人伝に聞いたのかもしれない。
息子に犯罪を起こすまで我慢させたことを不憫に思って、ファミコンの購入を決断したのかもしれない。
5 思い出とバックギャモン
バックギャモンを教えてもらって、昔買ってもらったボードゲーム・セットのことを思い出して、ゲームセンターで起こした事件、ファミコンが我が家にやってきた昔のことを思い出した。上記の話は、くだらない思い出話だと思われるかもしれないけれど、よく考えると親と子の永遠の問題を含んでいると思う。
子どもに「ファミコン」を買い与えるべきか・・・「ファミコン」は現在、何に置き換えることができるだろうか。
「PlayStation」「Wii」「ニンテンドーDS」「パソコン」「スマートフォン/タブレット」・・・・・・
6 大人の気持ち、子どもの気持ち
大人になってようやく大人の気持ちが分かる。親は子どもに対して、テレビゲームにはまるぐらいなら、ボードゲームでもやっていてほしいと思うのだろう。
大人になると子どもの頃の気持ちを忘れてしまう。
ボードゲームもやれば楽しいことぐらい分かってるけど、それでもテレビゲームがしたいんだと子どもは思うのだろう。