20代の頃の焦燥感と人生のベクトル。
1 20代の頃の焦燥感
主に個人的な考え、思いに基づき、名古屋での仕事を切り上げて田舎の実家に帰ることにした。死ぬまで遊んで暮らせるほどの蓄えがある訳でもないので、いつか再就職するつもりではあるけれど、今落ち着いて自分の気持ちを整理してみると、20代の頃にあった焦燥感が大分薄らいだように感じる。
20代の頃の無職の期間は、焦燥感、不安に苛まれる日々だった。
そんなに蓄えもないので経済的な不安もあったし、こんな中途半端な自分はきちんとした会社に再就職できるのだろうかと不安になったし、自分と同年代の人間は会社でかっこよく働いて、どんどんその能力を伸ばしているのに、自分はどんどん引き離されているという焦燥感もあった。
2 人生は人それぞれベクトルが違う
今は、不安は多少あるけれど、居ても立ってもいられないような焦燥感、大きな不安はない。もはや、自分の人生を他人の人生と比較することが無意味なのだ。
官公庁や会社でバリバリ働いて、人もうらやむ資格や経歴を積み重ねて、順調に出世している人もいるだろう。
結婚して、子育てや子どもの教育に時間とお金とエネルギーを注ぎ込んでいる人もいるだろう。
専門的、自律的な仕事、自分の好きなことを仕事にして、自営業者、フリーランスとしてその道を追求している人もいるだろう。
アラフォーになると、同年代の人間はそれぞれの方向に進んである程度の地点に到達しているので、自分と他人の人生を単純に比較して一喜一憂しても意味がない。
数学的に言えば、ベクトルの向きが違うのだ。
3 自分自身の人生のベクトル
自分自身の個人的な価値観から仕事について考えると、専門的、自律的であろうとする性格からすると、もっと早くからフリーランスを志向してそのための準備をもっと早くからしておくべきだったと思う。今回は焦らずに、自分の気持ちを整理、確認して、どのような仕事にどのような形でかかわっていくべきか、考えて行動したい。
ただ一つ言えることは、人が仕事という形で社会にかかわることは、その人にとっても社会にとっても大切なことだと思う。