気前よく本を買ってくれた人たち。
1 本を読む人
勉強ができる子の家庭は、親も読書家で、家には普通に本があって、子どもに本を買うお金は惜しまないという話題は、ネットの記事等でたまに見かけるし、昔からよく言われてきた話ではある。それが本当かどうかはあまり興味がないし、だからみんな本を読もうなどという記事を書きたい訳でもない。
「かけた情けは水に流せ、受けた恩は石に刻め」ではないけれど、若い頃、どういう理由があったのか定かではないけれど、僕のような偏屈な人間に優しくしてくれる人がいて、今でも覚えているエピソードがいくつかある。
なぜか分からないけれど、本にまつわる話が多い。
2 純粋培養だった高校時代
僕は中学・高校時代は勉強ができる生徒だったのだけれど、塾を利用したことがない。これは家庭の経済状況によるものだったのだけれど、中学時代は学校の提供する授業や教材を完璧に理解すれば十分でも、高校時代は普通そういう訳にはいかない。
しかし、高校のクラスが特別進学クラスだったので、大学受験を目指して最も勉強が必要な時期に、学校が提供する授業や教材だけで十分だったのは幸運だった。
優等生は、学校の勉強以外にも塾や予備校を利用したり、学校が提供する教材とは別に、参考書や問題集を買って勉強する人も多いと思う。
そのような状況の中、僕が学校の勉強と赤本だけで志望校に合格したことを、先生方は教育者として純粋に喜んでくれたと思う。
3 「先生、赤本がありません」
さて、本についてのエピソードだけれど、それは赤本だった。学校で貸し出していた赤本の中に、僕の志望校の赤本がなかったのだ。
そこで、ある先生に「○○大学の赤本がないんですけど・・・」と相談したら、普段の勉強は自己解決する真面目な生徒から相談されたのがうれしかったからなのか、理由はよく分からないけれど、ニコニコ笑いながら一万円札を差し出して「これで買ってきなさい」と言うのである。
周囲にいた他の同級生たちから、「よかったじゃん、これで何かおいしいもの食べに行こうぜ」「俺は焼き肉が食いたいなぁ」などと冗談を言われて少し恥ずかしかったけれど、そのお金で赤本を買ったことを覚えている。
お釣りはちゃんと先生に返したと思うのだけれど、本屋で領収書をもらって先生に渡すことができたどうかは、よく覚えていない。
僕のことだから、多分、領収書も渡したのだと思う。
新城市の本屋にはありませんと相談したら、「豊橋の本屋に行けばいい、お前は勉強はできるけど、豊橋の広小路通りも知らないのか」と驚かれたのを覚えている。
僕は高校生までは、豊橋に行くのも億劫な、筋金入りの田舎者だったのである。
4 「社長、六法全書がありません」
名古屋の不動産会社で働いていた頃、営業成績が芳しくない僕は、会社の宅建主任者を補助する形で、法規の調査などの仕事を頼まれることが多くなっていた。当時もうすでに、インターネットでいろいろなことを調査することができる時代になっていたのだけれど、役所の担当者と意見交換するとなると、やはり手元に六法がないと心許ない。
自分のお金で買うには少し高い買い物だし、ほとんど会社の仕事のためにしか使えない代物なので、普段は社員たちに激しい言葉ではっぱをかける、根っからの商売人、経営者である社長に、ダメ元で恐るおそる相談してみた。
「あのぉー、法律を調べるのに六法というものがあると、非常に便利なのですが・・・」
普段は黙々と忠実に与えられた仕事をこなす社員からの相談に何を思ったのか、理由はよく分からないけれど、社長はニヤニヤ笑いながら一万円札を差し出して「これで買ってこい」と言うのである。そのお金で六法全書を買うことができたのだけれど、その日の夜に居酒屋で一緒にお酒を飲んでいたら、「こいつに一万円渡したら、うれしそうに本屋へ行って六法全書を買ってきた、おもしろいやつだ」とからかわれたのを覚えている。
5 一万円で買えるもの
上記のエピソードを、僕が今でも忘れずに覚えているのはなぜだろう。多分、「そんな本を買うことに大した価値はない」と僕自身は思っていたのに、他人が「一万円くらい出す価値がある」と言わんばかりに、気前よく一万円を差し出したことが個人的にすごく衝撃だったのだと思う。
本の価値、知識の価値は、知る人ぞ知るである。
そういう衝撃を人に与えることができるような人間に、僕もなりたいものである。