通信教育を推奨する理由、思い。
通信教育や通信制の学校(高校、大学等)で学ぶことが、今よりももっと社会に浸透していく方がよいと僕は以前から考えていた。
感染症の流行でその潮流が加速しているのは、まさに大きな不幸中の小さな幸いであり、正直複雑な気持ちでもある。
僕が通信教育等推奨派である理由は、実は個人的な思いによるところが大きい。(1)通信教育
僕は30代手前から情報処理の勉強を始めて、基本情報技術者の資格を得た後にエンジニア派遣会社に採用された。
20代まではWordやExcelを多少使えるくらいのスキルしかなかったので、一念発起して基本情報技術者試験の通信講座を受講して勉強を始めた。 今ではインターネットで講義を配信すればそれで済むのだろう。
当時はテキストと一緒に講義動画を収録したCDやDVDが送られてきて、それをパソコンやDVDプレイヤーで再生して講義を視聴した。
アルゴリズムやC言語の基礎から学ぶことができたので、受講した価値があったと今でも思っている。
(2)通信制大学
僕は30代、ビルメンテナンス会社に所属して設備員として勤務していた。その時期に、数学と教育を勉強するために通信制大学を利用した。
北海道情報大学通信教育部の科目等履修生として、教職課程(数学)の単位を取得。
母校で教育実習を終えて修了し、高等数学教員免許を取得した。
休日はもちろん、仕事の休憩時間にテキストを読んで勉強したりもした。
僕が通信制大学を利用して数学を勉強していることに対して、職場の同僚たちは概ね好意的だった。
教育実習後の演習には、担当の先生が名古屋の教育センター(名古屋情報メディア専門学校)までお越しになり指導してくださった。
先生の指導の下、ダブルスクールで学んでいる専門学校生や、私と同じように社会人の通信大学生らと、教育実習の事後研究をした。
今では懐かしい思い出である。
科目等履修生として必要単位を取得しただけで、学位を取得した訳ではないので母校と言うと語弊があるけれど、第二の母校だと言えるくらいに思い入れがある学校である。
(3)思い出
今振り返ってみると、大変だったけれど楽しくて充実した日々だった。僕が通信教育等推奨派であるのは、頭でロジカルに考えた結果だけではない。
上記のような美しい思い出が、今でも僕の心の中に大切なものとして存在し続けているからだと思う。
人間を動かすものは論理だけではない。
感情も大切であり、人はそれを心と言ったり、信念と言ったりするのだろう。