自由と多様性。
1 オンラインという選択肢
『ドラゴン桜』のテレビドラマが約15年ぶりに復活した。僕はドラマも原作マンガも好きなので、大体あらすじを覚えている。
だから、そんなに期待していなかったのだけれど、毎回感動してしまう。
勉強でもスポーツでも芸術でも、一生懸命取り組めること自体が才能なのだと改めて思う。
僕は、高校や大学等はもちろん、資格試験や語学学習等でも、通信制、オンラインでの学びを推奨している。
しかし、進学校や進学塾、予備校等を否定したい訳ではない。
通信制の方が、通学制よりも優れていると言いたい訳でもない。
2 学校教育という制度
それどころか、現状では通学制のメリットの方が、通信制のメリットよりも大きいだろう。学習方法としての優劣を比較するだけで分かるような、単純な問題ではない。
学習進度だけでなく、メンタル面でのサポートも重要である。
あらゆる要素を総合するとコストパフォーマンス的に、現状の学校教育制度に軍配が上がるだろう。
経済的には、当然の帰結ではある。
一人ひとりに学習アドバイザーを付けてコーチングするのは、予算的に無理だろう。
将来的には、AIの進化によって、技術的に実現できるかもしれないけれど。
現状を考えると、基本的には学校生活が楽しければそれでよいと、個人的には思う。
日本の学校教育制度は、基本的には正常に機能している。
不登校や海外子女等、何らかの事情で制度を利用できない場合のオルタナティブについては、もっと充実させる必要があるとは思う。
3 自由と市場
僕が通信制、オンラインでの学びを推奨している理由は、もっと自由で豊富な選択肢があってしかるべきだと考えているからである。日本の政治経済は、教育業界だけに限った話ではないけれど、各種規制で自由が失われ市場が歪められている。
市場から自由が失われることは、選択肢が失われることを意味する。
その究極の形態が社会主義、共産主義である。
豊富な選択肢という果実は、自由という土壌がなければ決して生まれない。
4 あなたの価値観は大丈夫ですか?
現状を変えるには政治を変える必要があるけれど、ほとんどの人は政治が変わるまで待つことはできない。現状の政治経済的環境を所与として、自らの頭で考え行動し、自分自身の人生を切り拓いて行くしかない。
変革をあきらめ先例に固執する老人どもが信仰する、常識という名の古い価値観に従って生きるだけではつまらないと僕は思う。
最後に『ドラゴン桜』の話に戻るけれど、東大を目指すこと自体は悪いことではない。
有名校、難関校を目指して勉強に励むのはよいことだと思う。
しかし、それは無数にある人生の選択肢の中の一つに過ぎないことは、心に留めておくべきだと思う。