移民政策論骨子。
1 素朴な功利主義
基本的な政治哲学としては、素朴な功利主義に立脚して結論を求める。「最大多数個人の最大幸福」を目指すのが政治であり、幸福計算により正義を決する。
2 人間の交換は価値中立
A国(人口1億人、総幸福量100)とB国(人口1億人、総幸福量200)が存在すると仮定する。A国の一人当たりの幸福量は100/1億、B国の一人当たりの幸福量は200/1億である。
A国とB国の人間を全て交換したとしても、A国の一人当たりの幸福量は100/1億、B国の一人当たりの幸福量は200/1億である。
A国→B国の人間は個人的幸福量が2倍になり、B国→A国の人間は個人的幸福量が半分になる。
全体としての総幸福量が変わらないのであれば、人間の交換自体は社会的には価値中立である。
3 移民政策の単純な分析
A国の人口だけが2倍に増加して、増加した分だけB国に移動したとする。もちろん、総幸福量が変化しない単なる流入であれば、価値中立である(B国の人口は2倍の2億人になり、一人当たりの幸福量は半分になるが)。
この時、B国の人口が2倍の2億人になったことにより、B国の総幸福量が2倍の400になったとする。
全体としての総幸福量が200増加したので、この移民政策は社会的には善である。
移民の流入により経済が活性化し、全体としての総幸福量が増加するのであれば、移民促進政策は正しい政策である。
移民流入により既存の国民が負担する損失(幸福量の減少)と、移民流入による移民も含めた全国民の利益(幸福量の増加)が差引プラスになればよい。
一番よいのはWin-Winの関係を構築できる場合である。
4 移民の位置づけ
ただ、移民を一時的な労働者として扱うか、国民あるいは国民に準じるものとして扱うかという選択肢がある。どちらが正しいとは断定できない、人間の移動自体は価値中立である。
移民を一時的な労働者として扱うのであれば、そのための仕組みや法制度を整備すべきだ。
国民あるいは国民に準じるものとして扱う場合、国民統合政策を促進しなければならない。
短期的にはWin-Winの関係を構築できたとしても、その関係が永遠に続く訳ではない。
Win-Winの関係が崩壊した場合、すなわち利益的な対立関係が生じた場合、移民集団の中に国家に対する忠誠心、帰属意識が育っていなければ解決が困難になる。
5 国民統合政策の必要性と言語教育
例えば、国民統合政策の費用(幸福量の減少)が毎年10だとすると、10年で10×10=100である。国民統合政策を全く実施せず、10年後に社会分裂による問題が顕在化したとする。
この時に生じる損失(幸福量の減少)が100以上であれば、中長期的には国民統合政策を実施すべきだったということになる。
中長期的な国民統合政策で重要なのは、言語教育である。
いっそのこと公用語を英語にしてもよいのであるが、現実的な選択肢としては日本語教育を充実するしかないであろう。
6 単民族国家の神話と多民族国家という選択肢
『グローバリゼーション・パラドクス』では、グローバルな労働移動に肯定的だ。「グローバルな労働移動の便益を収穫する」(303ページ~)
単民族国家を指向するべきだろうか、多民族国家を指向するべきだろうか。
いずれにしても、単民族国家なら幸せ、多民族国家なら不幸といった単純なものではないだろう。
全ての国民の総幸福量が増加するよう、各種政策を誠実に検討すべきだと思う。
7 参考文献
・リベラル・ナショナリズムと多文化主義: イギリスの社会統合とムスリム(Amazon)・グローバリゼーション・パラドクス: 世界経済の未来を決める三つの道(Amazon)