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私的教育制度論骨子。

1 学校教育と日本教

 嘘か本当かまだよく分からないけれど、日本の学校はで、3割が小学校までに、5割が中学校までに、7割が高校までに、学習カリキュラムについていけなくなるらしい。
「劣等生」が半数を超えた日本の教育現場人類応援ブログ

これが本当のことであれば、確かに恐ろしい事実である。
恐らくはリソースの限界のために、学校が学力向上の場として機能していない可能性があるのだ。
これを読んで、以前読んだ別の記事のことを思い出した。
学校は勉強するところではなく、日本教を教える場であるという記事だ。
学校は勉強するところではない 中沢良平アゴラ

上記の記事には、「もちろん、わたしは「日本教」を捨てて、個性を生かし、多様な人々が共生する社会を望んでいるのだが、それには社会の側の覚悟もおおいに必要だろう」と書いてあった。
それを読んで私は、「大切なのは日本教を維持することそのものではなく、よりよい社会に変革するための、「社会の側の覚悟」の方だろう」と考えた。
もしそう考えて議論を進めると、学校はやはり学力を向上させる場ということになる。

2 教育の意義と教育制度

 以前私は、次のようなことを書いたことがある。
「国の教育政策や学校経営は、また別の問題だ。
どのような人材を、どれだけ、どのように育成すべきか。
学校で、生徒児童をどのように管理し、どのように教育すべきか。

教育や学習の意義と、教育政策や学校経営の問題は次元が違う。
教育や学習の意義は、個人の人生哲学にかかわる問題だ。」

自分で言うのもあれだけれど、確かに正論だ。
しかし、逃げの議論に過ぎない。
「国や学校は間違っているかもしれない、けれど僕はそんなこと興味ないし関係ない、僕は自分で勝手に正しいことを主張してそれを個人的にやればいい」、そんな気持ちが裏に隠れている。
教育や学習が本来個別的なものであるというのなら、その思想をベースにして制度論を考えることもできるのではないか。

3 新しい潮流

 今この国では、児童生徒学生の教育、学習にかかわっているのは学校だけではない。
進学塾や補習塾などの学習塾、家庭教師を派遣する会社。
民間企業だけでなくボランティア団体やNPOもある。
学校に限っても、各分野の行政の地方機関、スクールカウンセラーなどの専門家、地域のボランティア団体や支援者などもいる。

今はインターネットで、各種教材をダウンロードできるし、無料の講義動画もある。
ネットで受講できるのは一方向の講義だけでなく、家庭教師のように双方向で教えてもらうこともできる。
「教育は個別的なものだ」で議論が終わってしまっては、本当に教育者を目指しているのか、本当に研究者になりたのかと資質を疑われてしまうだろう。

4 教育の収益率

 学校制度について考え、新しい教育制度論を考えるのであれば、まず、教育の収益率について考察しなければならない。
この教育の収益率についての考察が肝になると思われるので、これについては各種文献を読んでよく調査する必要がある。

大学や大学院を整備、充実させても意味がないというような極論、文系大学など必要がないというような暴論はともかくとして、僕も個人的には、高等教育よりも高校以下の初等中等教育を充実させるべきだと思う。
そして、中等教育においては、特に進路指導についての思想を根幹に、その制度自体を設計し、組み立ててもよいのではないかと考えている。

進路指導についての思想といっても、そんなに大袈裟なことを考えている訳ではない。
従来の進路指導ではあるけれど、社会の最新の潮流を読み込んだ、最新の進路指導観について議論すればよいと思う。
もうすでに、優良校では優秀な教師たちによって実践されているのかもしれない。
偉そうなことをいろいろ書き綴っても、僕には経験が不足しているので、経験を積んだ上で、更に各種文献を読んで学んだ後に追記したい。

5 教育技術

 最後に議論したいのが、教育技術だ。
教育学については、学校制度等のこれまでの教育制度論を考察し、新しい進路指導論を参考にして自分なりの考えを構築した上で、そこで活用されるべき教育技術について論じてみたい。

私は現在、教員免許取得のために、通信制で勉強中の身だ。
ただ、教育実習は通信でやる訳にもいかないので、普通の通学制の学生達と同様に実習校に行って勉強させてもらった。
実習期間はわずか2週間だった。
正直に言えば、声の大きさや話しかけるタイミング、板書の方法などの技術的な課題を解決するので精一杯だった。
後半になってようやく、分かりやすい説明、生徒との会話、盛り上がる展開、呼応性のある授業などのより高度な段階に入りかけたところで実習は終わってしまった。

とても、進路指導がどうとかそんな議論をするレベルまで到達できなかった、いやそもそもできる訳がない。
もしまた教壇に立つ機会があれば、呼応性のある授業等より高度な段階に突き進んでいくべきだろう。
しかし、考えるべきことはそれだけではない。
今までの議論を踏まえ、自分なりに構築した新しい進路指導観から、効果的で実践的な教育技術について考察すべきだ。

6 哲学

 数学教師が教えるのは数学そのものだけではないだろう。
数学教育を通して、教師からその哲学を伝えること。
学校であればその理念を伝えることだそうだ。
それが本当のことであれば、学校組織にまだ所属していない僕は、まずその哲学を伝えられなければならない。

そして、その哲学は現実の社会を生き抜く上で、児童生徒たちにとって価値があるものでなければならない。
研究計画としての今までの議論はそのためのものだし、そのためにこの研究を更に進めていく必要があるだろう。

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