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令和4年度第2回高認国語問5【古文】

1 原文

 頼光朝臣の郎等季武が従者に、究竟の者ありけり。
季武は第一の手利きにて、さげ針をもはづさず射けるものなりけり。
件の従者、季武にいひけるは、
「さげ針をば射給ふとも、この男が三段ばかり退きて立ちたらんをば、え射給はじ。」といひけるを、
季武、「やすからぬ事いふやつかな。」と思ひて、あらがひてけり。
「もし射はづしぬるものならば、汝がほしく思はんものを所望にしたがひてあたふべし。」とさだめて、
「おのれはいかに。」といへば、「これは命をまゐらするうへは。」といへば、「さいはれたり。」とて、
「さらば。」とて、「たて。」といへば、この男、いひつるがごとく三段退きて立ちたり。

季武、「はづすまじきものを、従者一人失ひてんずる事は損なれども、意趣なれば。」と思ひて、
よく引きてはなちたりければ、左の脇のしも五寸ばかり退きてはづれにければ、
季武負けて、約束のままに、やうやうの物どもとらす。いふにしたがひてとりつ。
その後、「今一度射給ふべし。」といふ。やすからぬままにまたあらがふ。
季武、「はじめこそ不思議にてはづしたれ、この度はさりとも。」と思ひて、
しばし引きたもちて、ま中にあてて放ちけるに、右の脇のしたをまた五寸ばかり退きてはづれぬ。

その時この男、「さればこそ申し候へ、え射給ふまじきとは。
手利きにてはおはすれども、心ばせのおくれ給ひたるなり。
人の身ふときといふ定、一尺には過ぎぬなり。それをま中をさして射給へり。
弦音聞きて、そとそばへをどるに、五寸は退くなり。しかればかく侍るなり。
かやうのものをば、その用意をしてこそ射給はめ。」といひければ、
季武、理に折れて、いふ事なかりけり。
(『古今著聞集』より)

2 現代語訳

 頼光朝臣の郎等、季武の従者に、武芸にすぐれた者がいた。
季武は第一の弓の名手で、糸でつり下げた縫い針をも外さずに射当てた者であった。
件の従者が季武に言った。
「糸でつり下げた縫い針を射当てなさいますとも、私が32メートルばかり離れて立っているのを、射当てなさることはできないでしょう。」
季武は「おもしろくないことを言う奴だな」と思って反論した。
「もし射外したならば、お前が欲しいと思うものを望みのままに与えよう」と決めて、
「お主はどうする」と言えば、「私は命を献上しますので」と言った。「もっともなことだ」、
「それならば」、「立て」と言うと、この男は言った通り32メートルばかり離れて立った。

季武は「射外すはずがないのに、従者一人を失うのは損なことではあるが、武士の意地だ、もはや後には引けない」と思って、
よく弓を引いて放ったところ、左の脇の下を15センチメートルばかり離れて射外したので、
季武は負けて、約束の通り、様々な物を与えた。言われるままにこれを取った。
その後、「もう一度射なさいませ」と言った。おもしろくないまま、また反論した。
季武は「最初は不思議に射外したけれど、今回はいくらなんでも」と思って、
しばらく弓を引いたまま、真ん中を狙って射放ったところ、右の脇の下をまた15センチメートルばかり離れて射外した。

その時、この男は「だから申し上げたのです。射当てなさることはできないでしょうと。
弓の名手でいらっしゃいますけれども、ご思慮が足りなかったのです。
人の身体は太いとは言っても、30センチメートルばかりに過ぎません。それを真ん中を狙って射放ちなさりました。
矢が弦を放れた音を聞いて、すっと横に飛び退くと、15センチメートルばかり離れます。だからこのようになるのです。
このような者ならば、その用意をして射なさいませ」と言ったので、
季武は理に折れて、言うことがなかった。

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