海外留学や海外就職、大連が近かった時代。
1 この記事を書く理由
僕は時々、お金を貯めて海外留学や海外就職にチャレンジした方がよい、みたいなことを書くけれど、そういうことに疎い人は、「海外に行ける人なんて金持ちだけでしょ」とか「海外で勉強するなんてエリートの人たちの話でしょ」と思う人もいるかもしれない。しかし、今はもう海外へ行くことが、一部のエリートの特権ではなくなっているし、そんなことは意識の高い現在の若者たちの方がよく知っているのかもしれない。
少し昔の話になるけれど、僕が個人的に経験した海外への敷居が低くなった時代について、ここにメモしておこうと思う。
2 大連に留学した頃(2005年頃)
実を言うと、僕は海外経験がそんなに豊富でもないのであまり偉そうなことは言えないのだけれど、3か月だけ中国の大連に留学したことがある。当初の予定では1年以上滞在するつもりだったのだけれど、当初自覚症状のなかった精神疾患が急激に悪化して、緊急帰国することになった。
精神疾患というデリケートな問題なので、病気の内容を詳細に述べることはできないし、無事帰国したから言えることではあるけれど、短期間でも海外生活を経験できたことはよかったと思っている。
月並みなことを言えば、日本で簡単にできることができないという経験や、日本と違う文化に触れるカルチャーショック、今までの築いてきた常識を疑うというきっかけを得ることは貴重な体験だと思う。
3 『サヨナラニッポン』が放送された頃
僕が拙い長文を書いて説明するよりも、下記の『サヨナラニッポン~若者たちが消えてゆく国』という番組を視聴すればよく分かると思う。・第21回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『サヨナラニッポン~若者たちが消えてゆく国~』(制作:フジテレビ)
今はどうなのかよく知らないけれど、少し前まで大連就職などアジア就職への敷居が低かった時代があった。
僕が大連に留学した頃にはもう既にその萌芽があったのだけれど、帰国して数年後にそういう時代が本格的に訪れたようである。
政治経済的な時代背景は、日本が円高やデフレで経済が低迷する中、賃金の安いアジアへのBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)が進み、経済低迷下での日本での就職活動に見切りをつけた若者たちが、そういうアジアで現地採用という形で働いていたのだ。
4 (日本人にとっての)大連の黄金時代
特に大連は地理的に日本に近く、歴史的に日本語人材が豊富で、日本人にとって他の街や外国と比較して住みやすいという利点があった。また、今は失脚してしまったけれど、薄熙来という中国における大物政治家が、大連の先進的な産業開発や経済政策に、その辣腕を振るっていた。
薄熙来の失脚を巡る一連の事件は大変なニュースになったので、今でもその名前くらいは覚えている人もいるかもしれない。
大連の黄金時代について興味があれば、下記の記事のような大前研一氏の当時の著作等を読んでみるとおもしろいかもしれない。
当時の僕は、コンサルタントで成り上がるような人はやはり、時代を読む力が常人離れしているなぁと感心したものである。
・大前研一 × 堀江貴文 「日本のテクノロジー」対談(2)(未来×対談)
5 古い常識で除外してしまう前に
今もそうだけれど、当時も海外の現地採用で働くことに対して、古い価値観から批判する人たちが多かった。要するに、日本だろうと海外だろうと(日本の会社の)正社員で働くのが勝ち組で、海外で現地採用に甘んじるのは負け組だと簡単に断定してしまう意見である。
価値観は多様であるし、多様であるべきだと思っているので、古い価値観は悪くて新しい価値観が良いと言いたい訳ではないけれど、古い価値観に固執すると新しい時代の波に乗り遅れてしまうことがたまにある。
古い価値観や社会の常識は、所詮他人が規定した価値観であり、幸福は究極的には主観的なものなので、どんなに他人の価値観に沿って生き続けたとしても、自分の価値観を自覚することなしには何が幸福なのかさえ分からないのではないだろうか。
他人の価値観に沿うこと自体が自分の幸せだという人もいるのかもしれないけれど・・・
6 やらなかった後悔は後を引く
何故僕が大連を巡る状況に興味があるのかと言えば、一度留学したからだけではなく、その後も病気のせいで果たせなかった海外留学、海外就職の夢を、心のどこかであきらめきれずに思い続けてきたからである。当時は大連への海外就職を勧める人材会社が活発に活動していて、就職したら語学の学習もできるとか、現地の語学大学への進学もサポートするので数年で学位も取得できるというプログラムさえあった。
働きながら海外生活、おまけに海外留学できるのだから、海外が好きな人なら自腹で留学するよりも、そういうものを利用した方がいろいろな意味でお得だろう。
僕は海外留学、海外就職があきらめきれなかったので、そういう情報だけはチェックしていたのだけれど、結局実行に移せなかった。
最後まで、古い価値観や社会の常識の呪縛から完全に自由になることができなかったのだろう。
7 先のことは誰にも分からない
当たり前のことだけれど、未来のことなど誰にも分からない。5分先の未来が読めるだけで働かずに大金を稼ぐことができる世の中なのだけれど、それさえできない我々人間は、人よりも確度の高い未来予測を得るために必死で情報を収集し、そして実際に情報に長けた人間が大金を稼いで、たまにテレビで紹介されたりする。
未来を予測できない我々凡人は、いろいろと誘惑の多いこの世の中、せめて人生で大きな火傷をしないよう、古い価値観や社会の常識に沿って生きている。
それは間違いではないけれど、古い価値観や社会の常識は所詮は他人の価値観であることも忘れてはいけないと思う。
浜崎あゆみの歌詞など引用するとおっさん扱いされるだけかもしれないけれど、「僕達は幸せになるため、この旅路を行く」のだから。
8 タイミングが人生を左右することもある
当時と比べれば大連への敷居は上がったかもしれないけれど、別の方法も探せばあると思うし、そういうチャンスは大連以外の外国に移行しただけの話かもしれない。興味があれば探してみたらいいと思う、人生はいつからでもやり直せるけれど、今しかできないこともある。
何事についても言えることかもしれないけれど、タイミング次第で人生を変える出会い(人だけでなく、制度や社会経済状況など含め)に遭遇することがたまにある。