第3章 中央銀行の独立性
FISCAL POLICY, MONETARY POLICY AND CENTRAL BANK INDEPENDENCE
CHRISTOPHER A. SIMS
http://sims.princeton.edu/yftp/JacksonHole16/JHpaper.pdf
下記の文章は、上記のクリストファー・シムズ氏の論文『財政政策、金融政策そして中央銀行の独立性』の「第3章 中央銀行の独立性」の原文を、英語から日本語に翻訳したものです。
下記の文章を、原文のライセンス(クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 非移植)に従い、同様のライセンス(クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 非移植)により公開します。
I translated FISCAL POLICY, MONETARY POLICY AND CENTRAL BANK INDEPENDENCE, CHRISTOPHER A. SIMS, III. CENTRAL BANK INDEPENDENCE into Japanese.
This document is licensed under the Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.
そのような政策が引き起こす高インフレは(少なくとも最初のうちは)遅れてやってくるし、もしかすると次の選挙の後かもしれない。
ヨーロッパのハイパーインフレのエピソードとラテンアメリカの高インフレ時代は、マネーサプライの急速な成長と高インフレを伴う巨大な財政赤字となり、この特徴を持っていたと考えられる。
中央銀行の独立性は多様な特殊制度的な形態によるものではあるが、その狙いは、短期的な政治的焦点から絶縁された機構を創設し、インフレのコントロールに一次的な責任を負わせることだ。
この機構は財政的なものではない。
直接的な課税権を持たず、制限され委任された政策を実装するためだけに支出する。
それが実際に意味するところは、その政策手段は公開市場操作であり、通貨と外貨準備の供給量を有価証券の売買によりコントロールするということである。
財政政策の議論から中央銀行を隔絶する試みの中で、多くの国で中央銀行を圧力から守る法的な障壁が作られた。
たとえば、中央銀行の取締役会の長期の任期、中央銀行による政府債務購入禁止、中央銀行の政策形成からの議員の排除などの形態がある。
この領域における先行研究、『Dincer and Eichengreen (2014)』は、そのような方策のリストを掲げ、世界の中央銀行の独立性の程度を定量化するのに使用した。
しかしそのような形式的な制度構造を用いる計測方法は、中央銀行の独立性を測るのには粗過ぎる。
独立性が求める財政政策上の制約は広義に理解され得るし、形式的、制度的な制限がなくても実装され得る。
アメリカ連邦準備制度とイングランド銀行は、DincerとEichengreenの計算によれば世界で最も独立的でない銀行の一つということになってしまう。
いくつかの財政政策活動は、たとえ財政当局からの要請がなくても中央銀行を強制し、中央銀行は物価の安定という目標を追求し続ける。
そして、すべての財政政策活動は、財政的な帰結を有する。
その帰結が十分に大きくなると、議会は問い質すか、独立性を支持する意味で制度構造の修正を施すことになる。
1980年代のブラジルは次のような状況の一例を提供する。
財政当局からの直接的な干渉がなく、物価の安定化によって動機付けられた中央銀行は、高インフレにも関わらず金利を引き上げないことを決定することができた。
『Loyo (2000)』の指摘によれば、この期間、金利はインフレをどんどん増進した。
どうしてこうなったのだろか。
利子費は政府予算の大部分であった。
予算過程は機能不全に陥っていたので、金利上昇は増加した政府債務の発行に波及し、債務の膨張を加速した。
債務の膨張により将来の緊縮財政への期待は生じず、債務の膨張は需要を増加し、それによってインフレが生じた。
標準的な経済モデルが、金利上昇がインフレを減じるとするのは、通常暗黙のうちに、予算における利子費の増加は、少なくとも結果として、プライマリーバランスの黒字(歳入 - 非利息の歳出)の増加を生じると仮定するからだ。
これは、中央銀行の独立性によって求められる財政政策上の、最も容易に理解できる制約であり、大部分の経済学者が完全に同意する制約でもある。
ヨーロッパの通貨統合は債務-GDP比率と財政赤字を制約するが、多分この種のメカニズムを心に留めたのであろう。
しかしながら、全ての符号を逆にしてもなおこの議論はまだ有効なものであるのだが、そのことはそんなに広く認識されていない。
もし低インフレに直面し中央銀行が金利を引き下げるならば、仮に予算における利子費の減少が結果としてプライマリーバランスの黒字の減少に行き着くと期待されるならば、需要は増加しインフレは進む。
1980年代のブラジルのケースのように、財政当局が財政責任の名の下に、中央銀行の金利引き下げと合わせてプライマリーバランスの黒字を維持すれば、金融政策の効果を同程度、同じメカニズムで弱める。
金融政策を支持する必要がある財政当局による、必然的な受容と見られる中央銀行の独立性にとって何が脅威であり、独立性はいかにして維持され得るのか。
(少なくとも以前はそうであった)平時では、金利はプラスで推移し、中央銀行のバランスシートは制約され、政府債務の対GDP比は控えめで、金融政策活動の財政的な影響は大きくもなければ驚きを生じるものでもなく、議論を引き起こすこともない。
中央銀行は、財政政策の公的議論なしで上記環境におけるミッションを遂行することができた。
しかし、求められる財政的反応が大きいか予期できないものであるとき、独立性に対する脅威が現れる。
これらの条件下における中央銀行は、財政金融政策間のつながりを説明して、適切な財政的な支援なしでインフレをコントロールできる限界を明かにする必要がある。
このことが、1980年代のブラジルにおいて中央銀行が、財政政策が無反応なままである限り中央銀行はその役割を真っ当できないと述べた意味かもしれない。
今日、ゼロ金利と低迷する経済の国々では、中央銀行は、財政政策は金融政策同様、インフレ目標に狙いを定めるべきことを説明する必要がある。
これは特に、インフレは国際的には、少なくとも現在の債務と財政赤字をファイナンスする方法の一部であることを意味する。
このことが記述され、アメリカは、ヨーロッパや日本と違い、インフレ目標と完全雇用に近付きつつある。
それにもかかわらず、ゼロ金利が真の財政拡大を引き起こすと広く理解されない限り、アメリカは容易に低成長と低インフレへと引き戻されるだろう。
低金利における真の財政拡大へのコミットメントが広く理解されなければ、目標とするインフレへと経済を戻してくれる、自動的な安定化メカニズムは存在しない。
未払の公的債務と現在の低金利の国々で、中央銀行の独立性へのもう一つ別のストレスは、金利とインフレが以前正常と考えられた水準まで上昇し始めたとき、現れる。
例えばアメリカでは、連邦予算における利子費の割合は、20世紀半ば以来の歴史的な範囲に収まっている。
しかしこれが、通常の歴史的な範囲をはるかに超えた債務とはるかに下回る金利のコンビネーションに影響を及ぼす。
アメリカにおける4%への金利上昇は、利子費の予算における割合を歴史的高水準まで引き上げることになる。
議員たちは、金融政策と利子費のリンクに通常は注意を払わないが、予算に与える影響により、金融政策決定を問い質す立場に容易に転換する。
このことが起こるチャンスは、財政当局への圧力が鋭くなった後、財政金融政策のリンクがオープンに議論されるならば、より大きなものとなる。
・『財政政策、金融政策そして中央銀行の独立性』に戻る。
CHRISTOPHER A. SIMS
http://sims.princeton.edu/yftp/JacksonHole16/JHpaper.pdf
下記の文章は、上記のクリストファー・シムズ氏の論文『財政政策、金融政策そして中央銀行の独立性』の「第3章 中央銀行の独立性」の原文を、英語から日本語に翻訳したものです。
下記の文章を、原文のライセンス(クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 非移植)に従い、同様のライセンス(クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 非移植)により公開します。
I translated FISCAL POLICY, MONETARY POLICY AND CENTRAL BANK INDEPENDENCE, CHRISTOPHER A. SIMS, III. CENTRAL BANK INDEPENDENCE into Japanese.
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第3章 中央銀行の独立性
財政金融政策の相互作用の一種は可能なもの、そして有害なものとして、長い間認識されてきた。
債務によってファイナンスされる支出に賛成し、そしてこれにより生じる高金利を避け、中央銀行にその債務を引き受けるよう要求するのに、短期的視野の政治家にとってそれを魅力的なものである。そのような政策が引き起こす高インフレは(少なくとも最初のうちは)遅れてやってくるし、もしかすると次の選挙の後かもしれない。
ヨーロッパのハイパーインフレのエピソードとラテンアメリカの高インフレ時代は、マネーサプライの急速な成長と高インフレを伴う巨大な財政赤字となり、この特徴を持っていたと考えられる。
中央銀行の独立性は多様な特殊制度的な形態によるものではあるが、その狙いは、短期的な政治的焦点から絶縁された機構を創設し、インフレのコントロールに一次的な責任を負わせることだ。
この機構は財政的なものではない。
直接的な課税権を持たず、制限され委任された政策を実装するためだけに支出する。
それが実際に意味するところは、その政策手段は公開市場操作であり、通貨と外貨準備の供給量を有価証券の売買によりコントロールするということである。
財政政策の議論から中央銀行を隔絶する試みの中で、多くの国で中央銀行を圧力から守る法的な障壁が作られた。
たとえば、中央銀行の取締役会の長期の任期、中央銀行による政府債務購入禁止、中央銀行の政策形成からの議員の排除などの形態がある。
この領域における先行研究、『Dincer and Eichengreen (2014)』は、そのような方策のリストを掲げ、世界の中央銀行の独立性の程度を定量化するのに使用した。
しかしそのような形式的な制度構造を用いる計測方法は、中央銀行の独立性を測るのには粗過ぎる。
独立性が求める財政政策上の制約は広義に理解され得るし、形式的、制度的な制限がなくても実装され得る。
アメリカ連邦準備制度とイングランド銀行は、DincerとEichengreenの計算によれば世界で最も独立的でない銀行の一つということになってしまう。
いくつかの財政政策活動は、たとえ財政当局からの要請がなくても中央銀行を強制し、中央銀行は物価の安定という目標を追求し続ける。
そして、すべての財政政策活動は、財政的な帰結を有する。
その帰結が十分に大きくなると、議会は問い質すか、独立性を支持する意味で制度構造の修正を施すことになる。
1980年代のブラジルは次のような状況の一例を提供する。
財政当局からの直接的な干渉がなく、物価の安定化によって動機付けられた中央銀行は、高インフレにも関わらず金利を引き上げないことを決定することができた。
『Loyo (2000)』の指摘によれば、この期間、金利はインフレをどんどん増進した。
どうしてこうなったのだろか。
利子費は政府予算の大部分であった。
予算過程は機能不全に陥っていたので、金利上昇は増加した政府債務の発行に波及し、債務の膨張を加速した。
債務の膨張により将来の緊縮財政への期待は生じず、債務の膨張は需要を増加し、それによってインフレが生じた。
標準的な経済モデルが、金利上昇がインフレを減じるとするのは、通常暗黙のうちに、予算における利子費の増加は、少なくとも結果として、プライマリーバランスの黒字(歳入 - 非利息の歳出)の増加を生じると仮定するからだ。
これは、中央銀行の独立性によって求められる財政政策上の、最も容易に理解できる制約であり、大部分の経済学者が完全に同意する制約でもある。
ヨーロッパの通貨統合は債務-GDP比率と財政赤字を制約するが、多分この種のメカニズムを心に留めたのであろう。
しかしながら、全ての符号を逆にしてもなおこの議論はまだ有効なものであるのだが、そのことはそんなに広く認識されていない。
もし低インフレに直面し中央銀行が金利を引き下げるならば、仮に予算における利子費の減少が結果としてプライマリーバランスの黒字の減少に行き着くと期待されるならば、需要は増加しインフレは進む。
1980年代のブラジルのケースのように、財政当局が財政責任の名の下に、中央銀行の金利引き下げと合わせてプライマリーバランスの黒字を維持すれば、金融政策の効果を同程度、同じメカニズムで弱める。
金融政策を支持する必要がある財政当局による、必然的な受容と見られる中央銀行の独立性にとって何が脅威であり、独立性はいかにして維持され得るのか。
(少なくとも以前はそうであった)平時では、金利はプラスで推移し、中央銀行のバランスシートは制約され、政府債務の対GDP比は控えめで、金融政策活動の財政的な影響は大きくもなければ驚きを生じるものでもなく、議論を引き起こすこともない。
中央銀行は、財政政策の公的議論なしで上記環境におけるミッションを遂行することができた。
しかし、求められる財政的反応が大きいか予期できないものであるとき、独立性に対する脅威が現れる。
これらの条件下における中央銀行は、財政金融政策間のつながりを説明して、適切な財政的な支援なしでインフレをコントロールできる限界を明かにする必要がある。
このことが、1980年代のブラジルにおいて中央銀行が、財政政策が無反応なままである限り中央銀行はその役割を真っ当できないと述べた意味かもしれない。
今日、ゼロ金利と低迷する経済の国々では、中央銀行は、財政政策は金融政策同様、インフレ目標に狙いを定めるべきことを説明する必要がある。
これは特に、インフレは国際的には、少なくとも現在の債務と財政赤字をファイナンスする方法の一部であることを意味する。
このことが記述され、アメリカは、ヨーロッパや日本と違い、インフレ目標と完全雇用に近付きつつある。
それにもかかわらず、ゼロ金利が真の財政拡大を引き起こすと広く理解されない限り、アメリカは容易に低成長と低インフレへと引き戻されるだろう。
低金利における真の財政拡大へのコミットメントが広く理解されなければ、目標とするインフレへと経済を戻してくれる、自動的な安定化メカニズムは存在しない。
未払の公的債務と現在の低金利の国々で、中央銀行の独立性へのもう一つ別のストレスは、金利とインフレが以前正常と考えられた水準まで上昇し始めたとき、現れる。
例えばアメリカでは、連邦予算における利子費の割合は、20世紀半ば以来の歴史的な範囲に収まっている。
しかしこれが、通常の歴史的な範囲をはるかに超えた債務とはるかに下回る金利のコンビネーションに影響を及ぼす。
アメリカにおける4%への金利上昇は、利子費の予算における割合を歴史的高水準まで引き上げることになる。
議員たちは、金融政策と利子費のリンクに通常は注意を払わないが、予算に与える影響により、金融政策決定を問い質す立場に容易に転換する。
このことが起こるチャンスは、財政当局への圧力が鋭くなった後、財政金融政策のリンクがオープンに議論されるならば、より大きなものとなる。
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