平成30年度第1回高認国語問5【古文】
1 原文
伯牙、鍾子期とは琴の友なり。
鍾子、さきだちて失せにければ、「今はたれにか琴の音を聞き知られむ」とて、その絃をはづして、ひかざりけり。
(中略)
元稹と楽天とは詩の友にておはせしが、元稹はかなくなりしかば、楽天、その作りたりし詩どもを三十巻集めて、唐の大教院の経蔵にぞ籠めおかれける。
遺文三十軸
軸々金玉声
竜門原上土
埋骨不埋名
とは、これを書かれたるなり。
楽天、またある文の友に寄せらるる詩にいはく、
交情鄭重金相似
詩韻清鏘玉不如
まことに佳友の交はり、なによりもおもしろくあるべし。
阮家の南北の垣をも隔てず、貧をも恥ぢざりし、なにごとを契りけむ。
孟母が子を思ふゆゑに、隣を三度までかへけるも、友をえらぶ心、これまたとりどりなり。
(中略)
《山鳥の鏡に向むかひて鳴き、雁の行をなして飛ぶ、みな友を思ふ心なり。
佐保の河原の霧の中に、友まよはせる千鳥の夕暮の声、すごくこそ聞ゆれ。
さゆる入江の波の上に、つがはぬ鴛鴦の浮き寝も、下やすからぬ思ひのほど、さこそはとあはれなり。
友なし小舟のほのかに漕ぎ行く明石の浦の嶋隠れ、友とする人すくなかりける東路の八橋のわたり、かれもこれも思ひやられて心細し。》
(『十訓抄』より)
2 現代語訳
伯牙は、鍾子期とは琴の友である。
鍾子が先に死んでしまったので、「今となっては誰も自分の琴の音について理解してくれる者はいない」と思い、琴の絃を外して弾かなかった。
(中略)
元稹と楽天とは詩の友であったが、元稹が亡くなってしまったので、楽天は元稹の作った詩を三十巻集めて、唐の大教院の経蔵に収めた。
遺文三十軸(生前に書き残した文章、30軸)
軸々に金玉の声(それぞれの軸に、金や玉のような辞句)
竜門原上の土(竜門山の野原の土)
骨を埋めて名を埋まず(亡くなって埋葬されても、その名は後世に残る)
とは、このことを書いたものである。
楽天は、またある文の友に送った詩において、次のように言った。
交情鄭重金に相似たり(交際の親密であるさまは、金のようである)
詩韻清鏘玉も如かず(詩韻の清らかで美しい響きは、玉もかなわない)
まことによき友との交際は、なによりも楽しいものである。
阮家の南阮と北阮の垣をも隔てずに、貧しいことも恥じずに、どんなことを約したのだろう。
孟母は子を思うゆえに、住居を移して隣を三度も変えた。
友を選ぶ心もいろいろである。
(中略)
《山鳥が鏡に向かって鳴き、雁が並んで飛ぶのも、すべて友を思う心である。
佐保の河原の霧の中の、友を見失った千鳥の夕暮れの声は、もの悲しさにあふれている。
冷え冷えとした入江の波の上の、相手のいない鴛鴦の浮き寝の不安な思いは、そのようなものであろうと悲しく感じる。
友のない小舟のわずかに漕ぎ行く明石の浦の嶋隠れ、友の少ない東路の八橋の渡り、どれもこれも想像すると心細い。》