令和2年度第1回高認国語問5【漢文】
1 原文(書き下し文)
度は又謂ひて曰はく、「汝は本老狸にして、形を変じて人と為る。豈に人を害せざらんやと。」
婢曰はく、「形を変じて人に事ふ、害すること有るにあらざるなり。
但逃匿幻惑は、神道の悪む所なれば、自ら当に死に至るべきのみと。」
度又謂ひて曰はく、「汝を捨さんと欲す、可ならんかと。」
鸚鵡曰はく、「公の厚賜を辱けなくす。豈に敢へて徳を忘れんや。
然れども天鏡一たび照らさば、形を逃るべからず。但久しく人形を為せば、故の体に復することを羞づ。
願はくは匣を緘ぢ、酔ひを尽くして終はらんことを許せと。」
度又謂ひて曰はく、「匣に鏡を緘ぢなば、汝は逃れざらんやと。」
鸚鵡笑ひて曰はく、「公には適美言有りて、尚ほ相捨さんことを許せり。
鏡を緘ぢて走げしも、豈に恩を終へざらんや。但天鏡一たび臨まば、跡を竄すに路無し。
惟数刻之命を希ひ、以て一生之歓を尽くさんのみと。」
度は登時に為に鏡を匣にし、又為に酒を致し、悉く雄の家の隣里を召し、与に宴謔す。
婢は頃くにして大いに酔ひ、衣を奮つて起ちて舞ひて歌ひて曰はく、
「宝鏡宝鏡 哀しいかな予が命
我が形を離れし自り 于今に幾姓ぞ
生は楽しむべしと雖も 死も必ず傷へず
何為れぞ眷恋して 此の一方を守らんと」
歌訖はりて再拝し、化して老狸と為りて死す。一座驚歎せり。
(『古鏡記』より)
2 現代語訳
王度は言った。「あなたは古狸であり、姿を変えて人となる。人に害を与えるのではないか。」
使用人の女は言った。「姿を変えて人に仕えます。人を害するものではありません。
ただ逃げ隠れしたり、人目をくらまして惑わしたりすることは、神の憎むことなので、自然と死に至ることになるでしょう。」
王度は言った。「あなたの命を助けてあげたいと思う、可能だろうか。」
鸚鵡は言った。「あなたのご厚情はかたじけなく思います。この徳は忘れません。
しかし天鏡に一度照らされれば、姿を逃れることはできません。ただ、長い間人の姿でいたので、元の体に戻ることを恥ずかしく思います。
願わくは箱を閉じて、酔い尽くしてから死ぬことをお許しください。」
王度は言った。「箱に鏡をしまえば、あなたは逃げてしまうのではないか。」
鸚鵡は笑って言った。「あなたは立派なことを言いました。命を助けたいと許してくれました。
鏡を閉じて走げたとしても、その恩を果たさないことはありません。ただ天鏡に一度映されれば、跡を隠す方法はありません。
ただ数時間の命を希って、一生の歓を尽くしたいだけです。」
王度は直ちに鏡を箱にしまい、酒を用意し、程雄の家の近所を招いて、共に宴会を開いた。
使用人の女はしばらくして大いに酔い、衣を振るって立って舞い、歌って言った。
「宝鏡、宝鏡 哀しいかな我が命
我が姿を離れてから 今までのいくつもの王朝
生は楽しむべしと言えども 死も必ず憂えず
どうして恋い慕い この一方を守ろうとするのか」
歌が終わると再拝し、姿を変えて古狸になると死んでしまった。一座は驚嘆した。