平成27年度愛知県公立高校入試(B)国語問4【古文】
1 原文
福と禍と外より来たるものにあらず。みづから善悪の行ひより招くなり。たとひその身に勢ひありとも誇るべからず。福ありともおごるべからず。いはんや貧しきとてあざむくべからず。
天理まことに時あり。それ禍のもとは、おごりを好み欲深き、この二つを種として偽りあざむき、ねたみへつらひて、天道にそむき、人をくらまし、思ひの外なる憂へにあふなり。
胡文定公のいはく、「おほむね人の家は、すべからく常に不足の所あらしむべし。もし十分の快意を隄防すれば、不恰の好事ありて出づ」といへり。
物ごと十分に心のままに足ることなかれ。十分なれば禍おこる。およそ事ごとにおのれが心にかなはざる時は、咎をふせて天道をうらむる。
これ大なる誤りなり。天道はその人をめぐむに厚薄なし。ただわが身の非を思ひ知るべし。
(『浮世物語』より)
2 現代語訳
福と禍は外からやって来るのものではない。自身の善悪の行いが招くものである。たとえ自身に勢いがあっても自慢してはいけない。福があっても傲慢になってはいけない。言うまでもなく、貧しくても侮ってはいけない。
天の道理には、真に時節というものがある。そもそも禍のもとは、おごりを好み欲が深いこと、この二つを種として偽り欺き、妬みへつらうことにより、天道に背き、人を惑わし、思いもかけない災難にあうのである。
胡文定公は、「だいたい人の家は、いつも不足することころがあるようにしておくのがよい。もし十分な楽しみを控えておけば、思いがけない幸運が現れる」と言っている。
何事も心のままに十分満足できるようにしてはならない。十分であれば禍が起こる。たいてい物事が自分の心のままにならないときは、過ちを伏せて天道を恨む。
これは大きな間違いである。天道が人に恵みを与えるのに厚薄はない。ただ自身の非を思い知るべきである。
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