1 原文 江尻の浦を過ぐれば、青苔石に生ひ、黒布磯による。 南は沖の海森々と波をわかで、孤帆天にとび、北は茂松鬱々と枝を垂れて、一道つらをなす。 漁夫が網を引く、身を助けんとして身を労れしめ、游魚の釣をのむ、命を惜しみて命を滅ぼす。 人、幾ばくの利をか得たる、魚、幾ばくの餌をか求むるや。 世を渡る思、命をたばふ志、彼も此も共に同じ。 是のみかは、山にあせかく樵夫は、北風を負ひて晩に帰る、野にあしなへぐ商客は、白露を払ひて暁に出づ。 面々の業はまちまちなりと云へども、各々の苦は、これ皆渡世の一事なり。 人ごとに趍る心はかはれども世をすぐる道はひとつなりけり この浦を遥かに見わたして行けば、海松は浪の上に根を離れたる草、海月は潮の上に水に移る影、ともにこれ浮生を論じて人をいましめたり。 波の上にただよふ海の月も又うかれ行くとぞ我をみるらん 清見が関を見れば、西南は、天と海と高低一つに眼を迷はし、北東は、山と磯と嶮難同じく足をつまづく。 磐の下には浪の花、風に開き春の定めなり、岸のうへには松の色、翠を含みて秋をおそれず。 浮天の浪は雲を汀にて、月のみ舟、夜出でて漕ぎ、沈陸の磯は磐を路にて、風の便脚、朝に過ぐ。 名を得たる所、必ずしも興を得ず、耳に耽る処、必ずしも目に耽らず。耳目の感二つながら従したるはこの浦にあり。 波に洗ひてぬれぬれ行けば、濁る心も今ここに澄めり。宜なるかな、此処を清見と名付けたる。 関屋に跡をとへば、松風空しく答ふ。岸脚に苔を尋ぬれば、橦花変じて石あり。 関屋の辺に布たたみと云ふ処あり。昔、関守の布をとりおきたるが、積りて石に成りたると云へり。 吹きよせよ清見浦風わすれ貝ひろふなごりの名にしおはめや 語らばや今日みるばかり清見潟おぼえし袖にかかる涙は (『海道記』より) 2 現代語訳 江尻の浦(駿河国の宿駅「江尻」の南方の海岸)を過ぎると、青い苔が石に生え、黒い海藻が磯に寄せている。 南は沖の海が森々と波の見分けもつかないが、一そうの舟が空に浮かぶように走り、北は生い茂った松が鬱々と枝を垂らし、一本道のように連なっている。 漁師が網を引くのは、生活のために身体を労し、水中を泳いでいる魚が針を飲み込むのは、命を惜しんで命を落とすものである。 人は、どれほどの利益を得たのでしょうか、魚は、どれほどの餌を求めたのでしょうか。 世を渡る思い、命...