業際問題入門、例えば契約書作成。
1 業際問題
業際問題は、士業とはあまり関係のない人は、その言葉自体、あまり聞いたことがないかもしれない。誤解や顰蹙を恐れずに言えば、士業の業務と関係のない人たちにとっては本当にどうでもいい話なのだけれど、士業の業務に多少関係する人たちにとっては、その業務の内容や態様によるのだけれど、重要な問題となり得る話でもある。
端的に言えば、士業には名称独占だけではなく業務独占が認められている場合があるのだけれど、各士業間で業務領域が重なる場合に(共管業務)、相互にあるいはどちらか一方が踏み込んではならない境界のことである。
業際問題は各士業団体内での懲戒事由になるばかりか、悪質なケースでは訴訟問題になる場合もある。
訴訟問題にもなるような深刻な話を、士業業務と無関係な人たちにとってはどうでもいい話と言ったのは、時に業際問題は法律問題というよりも、各士業団体による縄張り争いに見えてしまうからである。
一般の人にとっては、プロの優秀な専門家に依頼できるのであれば、一見明らかに業際問題になるようなケースは別として、あまり意識していないと思う。
一般の法律に興味のない人には、行政書士と司法書士の違いが分からないというか、そもそもどちらも興味がない人の方が、意外と多い。
2 契約書の作成業務
なぜ今更、業際問題の話をするのかというと、法務系アプリ・システムの開発の中で、契約書の作成業務をできる士業に関して、少し議論があったからである。僕は行政書士登録前に、行政書士法や行政書士開業に関する書籍をいくつか読んだのだけれど、せっかく学んだ知識が廃業後時間の経過とともに蒸発するのは目に見えているので、今現在の見識をここにメモしておきたいと考えたからである。
ところで、業際問題に関する議論を何故に契約書作成に絞ったかというと、業際問題全般について研究し分析しまとめようとすると、ブログの一記事にはとても収まらないからである。
結構複雑な問題であり、それなりに歴史のある問題なので奥が深く、テクニカルな法解釈の問題としても意外とおもしろい問題だと思う。
しかし、一般の人にとっては複雑なだけで誤解を招く恐れがあるし、各士業の先生方の中にはご自身の見解を力強くブログ等で主張されていたりするので、独自に研究して私見を公表する実益はあまりない(誤解を与えたくないし、ケンカを売りたくもないし買いたくもないので)。
・介護のパートで学んだこと。:https://tanakah17191928.blogspot.com/2018/03/blog-post_12.html
ただ、契約書の作成に論点を絞れば、そんなに複雑な話にはならないので大丈夫ではないかと楽観して書くことにした。
ちなみに、代理と代行の違いとか代理権の範囲とか、小難しい横道には可能な限り言及することなく、以下、可能な限り簡潔に説明することを目標としたい。
3 世の中、大概のことは本人でできるという建前になっている
前にも別記事で書いたけれど、世の中、大概のことは資格がなくても本人がやればできるという建前で制度が作られている。・個人的にお奨めの法律系資格。:https://tanakah17191928.blogspot.com/2018/05/blog-post_6.html
話を分かりやすくするために例を挙げれば、相続や不動産売買に伴う不動産登記などの申請は、登記制度を勉強したことがない人にはチンプンカンプンなので、ほとんど司法書士に依頼すると思うけれど、一応本人が申請できる建前になっている。
不動産登記法
第16条(当事者の申請又は嘱託による登記)
第1項 登記は、法令に別段の定めがある場合を除き、当事者の申請又は官庁若しくは公署の嘱託がなければ、することができない。
それでは、何故不動産取引に伴う登記を司法書士に依頼することになるのかと言えば、不動産登記の申請が司法書士の(無償)業務独占だからである。
訴訟も本人訴訟が可能なので、お金を使いたくない人は弁護士に依頼せずに、本当に本人訴訟に挑戦したりする人もいるらしい。
契約書の作成もまた、会社であろうと個人であろうと、本人ができる建前になっている。
給料をもらっている会社の従業員が、会社のために会社の契約書を作成しても、それはつまり会社が使う契約書を会社が作成しただけの話である。
4 弁護士法と行政書士法
無資格者が、他人から報酬を得て業務として契約書を作成すると法律違反になる。弁護士法
第72条(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)
弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
行政書士法
第1条の2(業務)
第1項 行政書士は、他人の依頼を受け報酬を得て、官公署に提出する書類(その作成に代えて電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)を作成する場合における当該電磁的記録を含む。以下この条及び次条において同じ。)その他権利義務又は事実証明に関する書類(実地調査に基づく図面類を含む。)を作成することを業とする。
第19条(業務の制限)
第1項 行政書士又は行政書士法人でない者は、業として第一条の二に規定する業務を行うことができない。ただし、他の法律に別段の定めがある場合及び定型的かつ容易に行えるものとして総務省令で定める手続について、当該手続に関し相当の経験又は能力を有する者として総務省令で定める者が電磁的記録を作成する場合は、この限りでない。
この場合の業際問題は、行政書士による契約書作成が弁護士法第72条違反になるのは、どのような場合であるかである。
弁護士でなければ関与できない法律事件か否か、一般的には、事件性必要説の立場で整理されているけれど、事件性不要説で説明されることもある。
・非弁活動(ウィキペディア)
条文、判例、近時の行政書士法改正、法務省や総務省の見解、司法書士会や行政書士会の見解など、個人的には現状は事件性必要説が優勢であるような気もする。
そもそも、弁護士に依頼するべき事件性があれば、普通の行政書士は敬遠する(べきだろう)し、弁護士に依頼されるような事件性のある案件の処理過程で、弁護士は契約書を作成すると考えると、最初に述べたけれど、結局、一般の人にはどうでもいい話かもしれない。
もちろん、事件性のある案件を受託してしまう行政書士がいる限り、それによって依頼者が迷惑するし、今後も業際問題として行政書士懲戒処分の理由の一つとしてあり続けるのだろう。
昔、行政書士が主人公の『カバチタレ!』という漫画があってドラマ化もされたけれど、主人公が事件性のある案件で、「法律相談はボランティアでしただけです」とか言い訳していたけれど、今もあんなセリフを放送できるのだろうか?
よく分からない。
5 不動産取引契約書
弁護士法や行政書士法にまで言及して、仰々しく契約書作成業務について検討してみたけれど、我々は普段の生活で弁護士や行政書士に依頼するような案件に出くわすことはほとんどないだろう。比較的大きな取引である不動産取引(売買や賃貸借)でさえ、司法書士に登記を依頼することはあっても、弁護士や行政書士に契約書作成を依頼することはあまりない。
それでは、不動産屋(正確に言うと宅地建物取引業者)は、法律に違反して(弁護士や行政書士に依頼せずに)契約書を勝手に作成しているのだろうか。
実は、法的根拠は宅建業法にあり、宅建業者は宅建取引士に記名押印させた37条書面を交付しなければならないのだけれど、実務上それを契約書で代用しておりそれは国土交通省によって認められている。
宅地建物取引業法
第37条(書面の交付)
第1項 宅地建物取引業者は、宅地又は建物の売買又は交換に関し、自ら当事者として契約を締結したときはその相手方に、当事者を代理して契約を締結したときはその相手方及び代理を依頼した者に、その媒介により契約が成立したときは当該契約の各当事者に、遅滞なく、次に掲げる事項を記載した書面を交付しなければならない。
よく考えれば宅建業者も、自ら売買当事者とならなくても、代理や媒介で契約に深くかかわるのだから、当たり前の話なのかもしれない。
6 就業規則
ちなみに、就業規則作成についても、行政書士と社会保険労務士のどちらの(独占)業務か見解の相違が存在する。今回は契約書作成に論点を絞りたいので、これについてはこれ以上深入りしないけれど、興味がある人は調べてみるとおもしろいかもしれない。
社会保険労務士法
第2条(社会保険労務士の業務)
第1項 社会保険労務士は、次の各号に掲げる事務を行うことを業とする。
第1号 別表第一に掲げる労働及び社会保険に関する法令(以下「労働社会保険諸法令」という。)に基づいて申請書等(行政機関等に提出する申請書、届出書、報告書、審査請求書、再審査請求書その他の書類(その作成に代えて電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識できない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)を作成する場合における当該電磁的記録を含む。)をいう。以下同じ。)を作成すること。
第2号 労働社会保険諸法令に基づく帳簿書類(その作成に代えて電磁的記録を作成する場合における当該電磁的記録を含み、申請書等を除く。)を作成すること。
・【会長トップメッセージ】就業規則作成業務に関する日行連の考え方について(日本行政書士会連合会)
個人的には、行政書士会の理屈もなくはないと思うけれど、実質的には、社会保険労務士会の言い分が優勢だと思う。
社会保険労務士は、労務管理や社会保険の専門家であり、就業規則の相談でどちらか選べと言われれば、普通の人は社会保険労務士を選ぶような気がする。
そして、就業規則は社労士に依頼するべしということであれば、雇用契約書などの労働契約関係の書類の相談は社労士にしようということになりそうである。