私的国際金融論入門。
1 MMT(Modern Monetary Theory)は新しいのか
最近、MMTが脚光を浴びて、支持する人々もいれば批判する人々もいる。ここまで注目されるほど、真新しい理論なのかというのが、個人的な感想である。
・政府債務は「輪転機ぐるぐる」で解決できるか(池田信夫 blog)
「輪転機ぐるぐる」という表現が間抜けではあるけれど、論旨はそのとおりだと納得できる記事である。
MMTという理論が注目されているようなので、せっかくのこの機会に、国際金融論についての私的な見解をまとめておこうと思う。
2 国際金融の本質
私見が特に変わった訳ではない。「現在の管理通貨制度下では、みんながお金だと信じているからお金はお金でいられるだけのことである。」(人は死ぬ、そして焼かれて灰になる。)
・暗号通貨も日銀券もバブルである(池田信夫 blog)
お金に対する欲望にはきりがない。
「管理通貨制度下、金融経済が急激に膨張することができる根本的な理由は、案外そんな単純な真理なのかもしれない。」(お金の限界効用と金融経済。)
「各国が管理通貨制度を採用し、世界経済全体が大方、変動相場制だと仮定すると、長期的には、貨幣供給量自体ではなく、各国貨幣供給量のバランスが国際金融の本質なのかもしれない。」(国際金融の本質。)
3 国際政治経済の本質は国際収支である
私のような三下が要領を得ない駄文を書くよりも、下記の非常に頭がよい投資家の知見を参照した方が早いと思うので、興味があれば読んでみるとよいと思う。・長期金利の今後10年間の見通し①-長期金利は60年周期で循環していた。
・長期金利の今後10年間の見通し②-60年周期といっても、コンドラチェフ循環ではありません。
・長期金利の今後10年間の見通し③-「金 融 抑 圧」
・長期金利の今後10年間の見通し④-日本は、ギリシャのような債務危機に陥るリスクはないのか?
・長期金利の今後10年間の見通し⑤-経常赤字国は外貨建ての国債しか発行できない件。
・長期金利の今後10年間の見通し⑥-経常黒字国の国債を売り浴びせようとすると・・・
・長期金利の今後10年間の見通し⑦-経常赤字国でも、アメリカは基軸通貨国なので例外です。
・長期金利の今後10年間の見通し⑧-【最終回】2019/3/15の日経記事「財政赤字容認論、米で浮上 大統領選控え緩む規律」
(長期金利の今後10年間の見通し(CPA Capitalist)より)
基軸通貨ドルに対する挑戦が、なぜ虎の尾を踏むことを意味するのか、理解できると思う。(私的現代国際政治経済学入門。)
4 潮目の変化と読むべきか
優秀な投資家たちが直感的に理解していたことを、異端の学者がようやく追認したというのが今の状況だと思う。そして、主流派の学者が一部でも容認すれば、政治家や官僚も徐々にその流れに影響されて、実際の国際政治経済にフィードバックされるかもしれない。
・「徳政令」は日本を救うか 池田信夫(アゴラ)
・「財政支配」の時代の経済政策のルール(池田信夫 blog)
潮目の変化と読むべきか、正直に言えば、よく分からない。
正しく理解できても、実際に行動できるのはごく一部である。
それは、個人でもそうだし、会社や官公庁などの組織でもそうだろう。
組織が大きくなればなるほど、何が正しいのかというコンセンサス形成に時間がかかる。
そして、ようやくコンセンサスが形成できた頃には、もうすでに状況が変化してしまっているというのは、よくある話である。
学者の間でも見解が分かれるような理論や提言であれば、なおさらだろう。
5 政治経済学はこの国を救えるのか
個人的な感想文レベルの意見で恐縮なのだけれど、日本は政治経済学という学問を、政策科学という視点を重視して、より高度化する必要があるというのが私見である。大学院重点化政策は失敗だったとよく言われるけれど、個人的には、大学院まで進学して研究しようという志は大変すばらしいと思う。
結局、(学部)新卒で(大きな)会社に入社して勤め上げることが人生の成功パターンだという固定観念が、より自由な社会の形成を阻害している一因のような気がする。
社会人としてのキャリアの中途で大学や大学院で学び直すことが、単なる箔付けでも趣味や生涯学習でもなく(生涯学習自体は、すばらしいことではあるけれど)、キャリア形成の一環として、広く一般的に認められるような社会であってほしい。
そういう意味で、日本の大学院で研究して上位の学位取得に貪欲な外国人留学生を、日本はいろいろな意味で見習わなければならない。
6 学問と自由
大学や大学院は、高校のように義務教育の延長のような感覚で進学するところではないけれど、高度な学問を修めることが、趣味の延長だと冷笑されるのもどうかと思う。何かに夢中になれるというのは、才能そのものだと思う。
それが何の役に立つのかという問いを突き詰めれば、人生など何の意味もないという結論に至るだろう。
「学問の真価は、好奇心という人間の本能に根差すものである。」(井上靖『敦煌』の魅力。)
最後に、政治哲学的な結論を書くとすれば、より自由な社会、あるいはより公正な社会の基盤として、学問に対する純粋な情熱がより尊重されるようになってほしいと思う。
幸福な社会のインフラとして重要なのは、自由である。
決して、高度な科学技術による人民の監視によって実現されるべきものではない。
・自由か、さもなくば幸福か?: 二一世紀の〈あり得べき社会〉を問う (筑摩選書)(Amazon)